フリップ芸は「誰もやっていない」
ほりっこしはこの日、ネタを全部で6本披露し、約11分間、タガログ語で漫談を続けた。これが「アジア住みます芸人」としてフィリピンで活動を続けるほりっこしの日常である。アジアに日本の芸人が派遣されるこのプロジェクトは、吉本興業や電通など7社が出資する企業連合体「MCIPホールディングス」によって2015年4月から実施され、フィリピンやタイ、インドネシアなどアジア7カ国で計13人が「アジアのスター」を目指して奮闘している。
全員が初めて訪れる国で、言葉もできない「裸一貫」からのスタートだ。2016年春に南国の地を踏んだほりっこしは、それから8年を経た今、フィリピン人だけのコミュニティーに向けて、堂々と芸を披露しているのである。
友人と一緒に見に来たというエンジェル・マブトルさん(29)は、ほりっこしのパフォーマンスについてこんな感想を語った。
「彼のタガログ語はもちろん理解できたけど、フリップによってさらにわかりやすくなった。芸の見せ方としては斬新で、観客の注目も得られるよね。またテーマを日本の高齢化の問題にしていたけど、それを批判するでもなく、純粋にジョークとして楽しめました」
この日に同じくネタを披露したコメディアンのジンべリー・ビリアヌエバさん(36)は、ほりっこしとは長年の付き合いだ。
「ユウキ(ほりっこしの本名)がフィリピンに来て1年ぐらい経った頃に出会ったんだけど、その時点ですでにタガログ語ができていたから驚いたよ。彼独特のフリップ芸は、タガログ語でうまく説明できない部分を絵が補ってくれるしね。ユウキ自身もこの国の文化を学ぼうとしているけど、多くのフィリピン人は日本の文化に関心があるから、彼は受け入れられているんだと思う」
ピン芸人日本一決定戦「R-1グランプリ」を始め、日本のお笑い界でフリップ芸はすでにお馴染みであるが、フィリピンではまだ誰も手をつけていない。ゆえにほりっこしの「個性」と認識されているのである。そのフリップ芸について、ほりっこしは「一石三鳥」だと力説する。
「何も使わずにタガログ語だけで喋り続けるのはまだ難しいです。フリップの裏はタガログ語を書いてカンペにしているので、仮に頭が真っ白になって飛んでも読むことができます。2つ目の利点は、絵でわかってもらえること。タガログ語の発音で、例えば日本人が苦手なLとRの発音がうまく伝わらない時がありますから。
3つ目は、誰もやっていないこと。最近はフィリピン人コメディアンから『ユウキ、俺もフリップ使わせてもらっていいかな?』とわざわざ聞いてくるんです。別に僕がパイオニアじゃないからどうぞ、って言うんですけどね」
ほりっこしはフィリピンで、フリップ芸人としての地位を確立していた。