新年度を迎えるにあたり、会社の健康診断や自治体のがん検診を受ける人は多いだろう。結果表にうつし出される日頃の不摂生や思わぬ病気に注意を払うのはもちろんだが、“検査そのものの間違い”も見逃せない──。【前後編の前編。後編を読む】
都内在住の会社員・Yさん(54才/女性)は、毎年この時期になると人間ドックを受けている。
「50才を過ぎると病気が見つかる人も周囲にちらほらいるから、会社の健康診断だけでは心配で……。毎回、人間ドックに行って胃と腸の内視鏡検査やPET検査を追加して受けています」
だが、そのこまめな努力がかえって悪い結果を招くことがあると新潟大学名誉教授の岡田正彦さんは警鐘を鳴らす。
「どんな医療行為にもメリットとデメリットが存在し、健康診断や人間ドックも例外ではありません。とりわけ検査を受けて異常が見つかれば、わずかなものであっても医師は放置できないので、治療をすることになる。しかし、それが本来は必要のない治療を受ける『過剰医療』の入り口になることは大きな気がかりです。
例えば、少しでも血圧の基準値を外れたら、生活習慣を見直す前に投薬治療を行う医師は多い。がん検診も同様で、治療の必要のないがんでも診断されれば、不必要な精密検査や手術が行われる。実は治療の必要がない病変も少なくないのです」
病気を予防し早期発見するための健診や検査が、体に悪影響を及ぼすかもしれない──負のスパイラルに陥らないため、知識をアップデートしていこう。
原因がわからず“薬漬け”になる
“恒例行事”ともいえる会社の健康診断や定期的に案内が届く自治体の健診は、無料だったり一部自己負担で受けられるため気軽に利用できるが、デメリットが大きいものもある。岡田さんが真っ先に挙げたのが「胸部X線検査」だ。
「もともと結核を調べるために始まった検査であり、結核が激減した現代において実施する意義はきわめて小さい。肺がんの早期発見にも向かないうえ、放射線被ばくによる発がんリスクを考えると確実にデメリットが上回る。厚生労働省での議論の結果、最終的に受けるのは節目年齢の人と40才以上に限定されましたが、年齢に関係なくリスクが気になります」
「どこまで見えるか」「どのくらい老眼が進んだか」が可視化できる“定番メニュー”の視力検査。だが、病気の早期発見という点では信頼しすぎるのは禁物。二本松眼科病院副院長の平松類さんが言う。
「視力検査では、目の病気はほとんど発見できません。緑内障や網膜色素変性症など失明の原因となる病気のほとんどは末期まで視力が低下しないので、可視化されづらい。緑内障の発見に有効だといわれている眼圧検査も、日本人に多い緑内障のタイプは眼圧が正常であることが明らかになったため、受ける意味はほぼない。40才を過ぎたら、眼底カメラの検査を受けることを推奨します」
岡田さんは、「そもそも健診において視力や体重の測定を法律で強制する目的がわからない」と首をかしげる。
「視力や聴力の衰えは自分でわかりますし、身長や体重を調べても医学的に得られる利益は少ない。腹囲も将来の病気につながるというエビデンスはない。意義があるのは血液検査や血圧測定に限られます。医師を対象に行われたアメリカの調査でも、同じ指摘がなされています」(岡田さん)
しかし、血液検査も結果の捉え方次第で必要ない薬が増えてしまうことがある。埼玉県在住の会社員・Nさん(62才/女性)は、それが原因で病院をたらい回しにされたことがある。
「ひどい頭痛が原因で病院に行って、一通り検査を受けたのですが、最初に受診した内科では結果に問題がないと言われ、婦人科に行っても“更年期による頭痛ではない”と診断され、結局鎮痛剤を処方されました。
だけど薬をのんでもよくならないので心療内科を受診すると、うつによるものだと今度は抗うつ剤を処方されました。それでも痛みはおさまらず、最後に訪れた脳神経外科でもう一度検査をして、やっと貧血が原因の頭痛だとわかりました。そのまま薬がどんどん増えていったらと考えると、恐怖を覚えます。本来ならば最初の血液検査の数値でわかったのでは?と思ってしまいます」