流麗な筆致で書き込まれたフレーズの数々。2月に急逝した女優・山本陽子さん(享年81)が残した台本には、彼女が演じるうえで気になった言葉たちが、時に強調されながら刻み込まれていた。半世紀以上にわたって演じ続けた大女優の絶筆を公開する。
「山本さんは稽古に参加するつもりでずっといたわけですし、稽古場にいたいだろうなって。だから、山本さんの遺品となったこの台本は、稽古中は演出家さんの隣に置いて、みんなを見守ってもらっています」
こう語るのは、4月5日から東京・江東区文化センターにて上演される舞台『そして誰もいなくなった』の関係者だ。
この作品は、女優・山本陽子さんの最新作になるはずだった。しかし、山本さんは2月20日に急性心不全で亡くなってしまう。本人も周囲も予期せぬ、まさに青天の霹靂だった。
「2月中もイベント出演などお仕事を精力的にこなし、亡くなったのは公演に向けた稽古を始める直前でした。コロナ禍で軒並み舞台がキャンセルとなり、彼女にとっては久しぶりの演技の仕事。それだけに、役柄は主役級ではないけれど、本人はとても喜んでいて、意欲を燃やしていたそうです」(芸能関係者)
原作はアガサ・クリスティの不朽の名作。その作品を現代版にアレンジするなかで、山本さんにオファーされたのは、敬虔なクリスチャンで謹厳な老婦人という役柄だった。
「オファーしたら、こちらがびっくりするくらいご快諾をいただいて。マネジャーさんからも『いま、いろんなお芝居をすごくやりたがっているんです』と言っていただきました。
1月末に台本をお渡しすることができたのですが、『どこに行くにも肌身離さず台本を持っています』『とにかく一生懸命、もうひたすら覚えています』という話を聞いていたんです」(前出・舞台関係者)
別に掲載したのは、山本さんの絶筆となった台本の書き込みだ。自身が覚えにくいと感じたせりふや重要な文言は、繰り返し刻み込むように記されている。
「せりふがページをまたいでいる箇所は、次のページのせりふも書き込んで、ページをめくらずに済むように工夫されていました。
昨年12月に宣伝用の写真を撮ったのですが、そのときから『どんな役どころなのかしら』と演出家のかたに質問をするなど、本当に前向きに準備をされていたんです。それだけに本番の舞台に立てなかったことはさぞ無念だろうなと……」(別の舞台関係者)
約60年前にデビューした山本さんは、洗練された美しさで映画、ドラマ、舞台とさまざまなジャンルで活躍。
「30年ほど前、主役ばかりを演じてきたなかで脇役が回ってきて、自分のポジションがわからなくなったことがあったそうなんです。そんなとき、共演者だった平幹二朗さんに『俳優は脇役を演じるようになってからが勝負だ』と励まされ、晩年まで幅広い役柄に挑み続けていました。今回の舞台でも山本さんは、役の大小は関係なく、コロナ禍で奪われた“演じる喜び”を噛みしめていたのでしょう」(前出・芸能関係者)
健康管理にも気を配り、最後まで情熱を失わなかった。
「日課のウオーキングを欠かさず、髪はツヤツヤでお肌も綺麗でした。山本さんは歯が全部自分のものだというのもご自慢でした。周囲の誰もが100才まで長生きされると思っていたんですが……」(山本さんの知人)