クレームへの備えがそこかしこで違和感を醸し出す今日この頃、コラムニストの石原壮一郎氏が考察した。
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20日夜にNHK総合で生中継された米大リーグ開幕戦の「ドジャース対パドレス」。パドレスの先発・ダルビッシュ有と新婚・大谷翔平の初対決とあって、瞬間最高視聴率は29.9%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)という驚きの数字を叩き出しました。
中継を見ていた視聴者は、その翌日にまさかあんなニュースが飛び込んでくるとは誰ひとり思わなかったはずです。それはさておき、開幕戦の中継で話題になったのが、NHKが何度も言い訳がましい「お断り」のコメントを入れていたこと。
大谷が打席に入ると、客席で観戦する大谷夫人の真美子さんや大谷の両親にカメラが向けられました。そのたびにNHKの実況アナは「現地製作の国際映像で放送しています」というセリフをはさみます。しつこいのは承知で念入りに繰り返したのは、もし何も言わなかったら、視聴者から「NHKのカメラは真美子さんばっかり映してケシカラン!」というクレームが寄せられると予想したからに違いありません。
SNS上では、そんなNHKの用心深さを評価する声が上がりました。たしかに、このタイミングでNHKが新妻を熱心に映したとなったら、何かに文句を付けることを生きがいにしている人たちが、鼻息荒くギャーギャー騒いだでしょう。その文句は、誰のために何の目的で付けようとしているのかは、よくわかりませんけど。
いつごろからでしょうか、テレビを見ていても日常生活でも、頻繁に「お断り」を目にするようになりました。テレビのバラエティ番組のゲームなどでたくさんの食べ物が出てくると、「このあとスタッフがおいしくいただきました」というテロップが出てきます。健康食品のCMでは、元気になった人が喜びの言葉を述べる場面に「個人の感想です」とか「効果には個人差があります」といったテロップが欠かせません。
勝手に決め付けますが、バラエティ番組で使った食べ物の大半は「スタッフがおいしくいただく以外の方法」で消滅しています。元気になった人のコメントは最初から「個人の感想」に決まってるし、「効果には個人差が」あるのは言うまでもありません。もしテロップを出さなかったら、「食べ物を粗末にするな!」とか「効き目がなかったじゃないか!」といった抗議が殺到するのでしょうか。
昔からおなじみなのは「このドラマはフィクションであり~」というテロップ。一説によると「ドラマ上の悪い人たちの団体名が実在の企業名と同じだった」などのトラブルがあったことをきっかけに入るようになったそうです。そもそもドラマはフィクションが前提なので、そのテロップを入れることに大きな意味があるとは思えません。
話題の人気ドラマ『不適切にもほどがある!』では、その手の「お断り」が醸し出すわざとらしさを逆手にとっています。物語の途中に「この作品には、不適切な台詞が含まれていますが、時代による言語表現や文化・風俗の変遷を描く本ドラマの特性を鑑み、1986年当時の表現をあえて使用して放送します」などのテロップが何度も登場。そうすることで、すぐに「不適切だ!」と言ってくる人をおちょくっているように見えます。
「お断り」を目にするのは、テレビだけではありません。ホームセンターやスーパーのトイレに入ると「このトイレは従業員も使用させていただきます」と書かれたプレートをよく見ます。電車の運転席と客室のあいだのガラス窓に「熱中症予防のため乗務員が室内で水分を補給することがあります」と書かれたシールが貼られているのを見たこともあります。
おそらくそれらが貼られたのは、「どうして従業員が客用のトイレを使ってるんだ!」と怒る人がいたり、「運転手が運転中に水を飲んでいたぞ!」というクレームが入ったりしたから。どちらも「それがどうした」と一蹴したくなるイチャモンですが、お店にせよ鉄道会社にせよ、愚かな方々の相手をするのも面倒なので予防線を張っているのでしょう。