日本製鉄による米鉄鋼大手USスチールの買収計画に対してバイデン米大統領とトランプ氏が否定的な発言をしているが、どう理解すべきなのか。2000年代初頭に経産省米州課長として鉄鋼摩擦の対応にあたった明星大学教授・細川昌彦氏は、バイデン氏と全米鉄鋼労働組合(USW)側は水面下で綿密に打ち合わせしている可能性があると指摘。そのうえでさらに複雑な構図があると読み解いてみせた。【前後編の後編。前編から読む】
* * *
USWとの協議で日鉄は、USスチールの雇用を維持すること、製鉄所への14億ドルの新規設備投資を行うこと、米国本社を南部のテキサスから東部のピッツバーグに移すことなどかなり踏み込んだ内容の提案をしました。しかし、USW会長のマッコール氏は日鉄側の姿勢に、「不誠実極まりない」と発言。ここまで強硬な態度を見せるUSWは、何を求めているのでしょうか。これを理解する上で、やや厄介なのは、USWが決して一枚岩の組織ではないことです。
アメリカの鉄鋼業界、とりわけ自動車産業に電磁鋼板など高品質の商品を納入する高炉メーカーは、買収や再編の末に2社に絞られています。ひとつは1847年創業のクリーブランド・クリフス、もうひとつは1901年創業のUSスチールです。
クリフスは昨年8月に最初にUSスチールに買収を仕掛けた全米生産量1位の企業であり、USスチールがそれに次ぐ2位です。USWを構成するのも、その規模と対応してクリフスの組合員のほうが多い。
その多数の意見を反映してか、日鉄の買収計画が明るみに出る前段階の昨年8月にクリフスによる買収が仕掛けられた際、USWがこれを支持した経緯もあります。日鉄に対してUSWが塩対応を繰り返すのも、このことと同じところに根っこがある。
なにせ万が一、日鉄の買収計画がつぶれてしまえば、もういちどクリフスに買収のチャンスが舞い込む可能性が出てくるんです。昨夏に比べて安価でUSスチールを解体・吸収できる。クリフス経営陣にとってベストシナリオであることはいうまでもない。
反対に、USスチールの組合員にとってこれは最悪のシナリオになる。というのもクリフスのCEO、ローレンソ・ゴンカルベス氏はかなりクセの強い経営者です。クリフスによる買収が実施されれば、それこそ工場閉鎖やレイオフが行われる可能性がある。
USWの強硬姿勢の内実は、クリフスの組合員とUSスチールの組合員の綱引きの産物と見るべきでしょう。「取れるものは取る」というところまでは共同歩調を取るでしょうが、本気で日鉄の買収計画がつぶされそうになれば葛藤が生じるはずです。