「三度の飯のように、芝居をし続けたい」。常々、そう語っていた不世出の演劇人、唐十郎さん(享年84)。彼が生み出す作品は、時に難解でありながら、観客だけでなく役者たちをも魅了してやまなかった。そんな異端児が惚れ込み、見いだした愛弟子・宮沢りえ(51才)との30年にわたる“芸の交流”とは──。
「『役者は親の死に目に会えない』ということを、最後に死をもって教えてくれた。最後まで粋な演出をするんだなと思いました」
演劇界の巨星の死に際を悼んだのは、息子で俳優の大鶴義丹(56才)。在りし日の父がテントの劇場に飛び込んでいく際、ニヤッと笑う姿がまぶたに焼きついているという。
5月4日、劇作家の唐十郎さんが急性硬膜下血腫のため亡くなった。1日に自宅で転倒し、救急搬送された3日後のことだった。渡辺謙(64才)や佐野史郎(69才)らが追悼の声を寄せる中、ひときわ熱いメッセージを送ったのが宮沢りえだ。
《唐さん、さようなら。唐さんの作品に出会えた事は、私の、人生の、最高の宝物です。これからも、大切に、大切にします》
唐さんとのツーショット写真を添えたインスタグラムで天に呼びかけた宮沢は、17才のときに唐さんが脚本を務めたNHKドラマ『緑の果て』(1990年)に出演。さらなる転機は、1993年に唐さん作のNHKドラマ『青春牡丹燈籠』に出演したことだった。
「りえさんは恋敵に殺された哀れな幽霊役を熱演しました。ちょうど私生活で人気力士の貴ノ花との婚約解消騒動に揺れていた当時20才の彼女が、眉毛を剃り落として妖艶に演じる姿は唐さんを魅了。『次はぜひ、彼女に当て書き(あらかじめ俳優を決めてから脚本を書くこと)したい』と熱く語っていました」(舞台関係者)
その後、キャリアを積んだ宮沢は舞台でも『下谷万年町物語』(2012年)、『盲導犬』(2013年)、『ビニールの城』(2016年)と唐作品に出演。2人が最後にタッグを組んだのが2021年上演の『泥人魚』だった。
長崎県の諫早湾干拓事業を題材に、“生命の海”を失った人々の悲哀を描く作品で、2003年に唐さんの劇団「唐組」が初演。劇作家の井上ひさし氏が「舞台の魔術師、唐十郎の集大成」と絶賛した本作が18年ぶりに上演されると、宮沢は太ももにウロコをつけた艶めかしい姿で、「ヒトか魚か分からぬコ」と呼ばれる謎めいた女性を演じた。この女性こそ、約20年前に唐さんが宮沢をイメージして創作したキャラクターだった。
「唐さんは自分が惚れ込んだ女優を舞台上で誰よりも輝かせるため、その女優の魅力を引き出すキャラクターを生み出してきました。実際、公私ともにパートナーだった女優の李麗仙さんには数々の作品を当て書きしたことで知られます。唐さんにとって作品は女優へのラブレターのようなもの。『青春牡丹燈籠』以来、りえさんに当て書きをしたいと望んでいた唐さんは、『泥人魚』の再演でついに念願が叶いました」(前出・舞台関係者)
宮沢も同作公開時に以下のコメントを寄せて、相思相愛ぶりを示している。
《唐十郎さんの世界は、私自身が一番深く呼吸できる場所。唐作品のヒロインを、再び演じることが出来ることに大きな喜びを感じています》