服用する人が日本国民の2割に上る「降圧剤」は、日本人に多い「高血圧」の治療のために処方されている。
一方で、そもそも薬による治療を始めるかどうかの「基準値」に目を向けると、日本高血圧学会の治療ガイドラインでは成人で診察室血圧の上(収縮期)が140以上だと高血圧と診断される。130~139は「高値血圧」で“高血圧予備群”とされ、生活指導や降圧剤治療が視野に入る。一般的には治療による降圧目標は75歳未満が130/80未満、75歳以上は140/90未満となる。
こうした基準値については「厳しすぎる」という指摘が出ている。日本高血圧学会認定専門医で高血圧治療ガイドライン作成委員会のメンバーだった上原誉志夫医師(循環器内科)が語る。
「若いうちは130未満を目指すことが健康寿命を延ばすために有効ですが、75歳以上なら140以上はないとかえって健康によくない。加齢により血管や臓器の働きが衰えてきている人が血圧を下げすぎると、ふらつきやめまい、腎機能障害や脳血流の低下による認知症のような症状が出ると懸念されます。反対に140以上あるとそういった症状が治まる人も多い。75歳で140未満という降圧目標値では下げすぎで、160程度が必要な人も多いのです」
医学データ解析に詳しい東海大学名誉教授の大櫛陽一氏も語る。
「降圧剤で血圧を下げすぎて脳梗塞や転倒、入浴中の溺死、交通事故が多く起きています。にもかかわらず、日本では血圧の基準値を厳しくし続けてきました。たとえば英国に目を転じると、医療機関の受診が勧められるのは上が160、下が100以上。英国は医療費が無料で財政が逼迫しているため、少しでも薬の処方を減らそうとする世界でも特殊な事情を抱えている国ですが、降圧剤のリスクを考えれば、むしろ世界で最も妥当な水準の基準値が設定されていると思います」
日本の基準値の変遷を振り返ると、1987年の厚生省基準では180以上で「要治療」。その後、「2000年頃から日本高血圧学会が基準値を大きく下げてきた」と大櫛氏が言う。
「日本高血圧学会が米国やWHO(世界保健機関)の基準に倣い、徐々に厳格化しました。2017年に米国心臓病学会と米国心臓協会が高血圧の基準値を140/90から130/80に引き下げると、日本もそれに追随して2019年に高値血圧の基準を設定しています」
その経緯を前出の上原医師が語る。
「日本は高血圧治療の臨床試験データが少なく、海外のデータに流されがちです。食生活や体格、遺伝子などが異なるにもかかわらず、海外の臨床試験データをもとに“血圧はとにかく下げろ”という考えに学会もとらわれすぎているのです」