天をつきそうなリーゼントヘアを揺らしながら歌い上げるのは、還暦のロックンロールだ。TikTokの累計再生回数が7000万回を超えたシンガー・ソングライターの坂本つとむ(61才)。2023年にリリースした『人生上等!~O世代の身上書~』は、坂本と同年代の「O(おじさん)世代」からの支持を集めている。レコードデビューから苦節30年でめぐってきたブレークの手応えと、シングルファーザーとして悪戦苦闘した私生活での体験を聞いた。
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名古屋出身の坂本は、矢沢永吉に憧れ10代で音楽活動を始めた。バンドの解散を機に20才のときに上京し、以降は六本木のライブハウスなどで活動を続けた。
「東京に知り合いはいませんし、とにかく“歌わせてもらえるならどこへでも!”という気持ちで、他の歌手の前座で歌うこともしょっちゅうでした。とはいえ歌だけで食べていくのは難しく、若い頃は清掃のアルバイトをしてなんとか生活していました」
地道な努力が実り、ステージに上がる回数が増えていた1994年、31才でメジャーデビューを果たした。
「上京して10年以上下積みをして、やっとのデビューでした。その後は各地のステージに立たせてもらい、今でもライブは年間400本ほど行っています。
歌の仕事以外だと、1990年代にゲーム『桃太郎電鉄』のCMに“スリの銀次”役で出させてもらったのが印象深いですね。デビューしたてでしたが、ゲームの人気もあって街中で声をかけてもらうこともありました」
デビュー後の1997年に結婚。長女と長男、2人の子供にも恵まれた。
「念願叶ってマイホームを購入することもできました。元来イベント好きでしたから、子供たちの学校行事にもほとんど顔を出しましたよ。
ただ、ライブがあると夜遅くなることもありましたし、地方ライブとなると3~4日家を空けることもありました。そういった生活の中で、子供たちのことは気にかけているつもりでしたが、女房とは向き合っていなかった。女房から離婚を切り出されたのは、子供たちがまだ小学生の頃でした」
寝耳に水の離婚話に、はじめは抵抗したという。
「世間体もありましたからね、“せめて子供が成人するまでは”と話してみたんですが、女房の覚悟は固かったようです。最後の悪あがきで、“子供はこっちで面倒見るから”とも言いました。“子供と離ればなれにはなれない”と女房が考え直してくれるかもと思ってのことだったんですが、“それでも構わない”って。それだけ僕と離れたかったってことなんでしょうが、かなり堪えました」