「チャイナドレスの貴婦人」の不可解な行動

 まだ宋美齢が生きていた頃の話である。蒋介石の死後、宋美齢が台湾から米国のニューヨーク州ロングアイランドに移り住んでいたことは知っていた。だが、宋美齢はほとんど公の場に現れず、メディアのインタビューにも応じないことから、実生活は謎に包まれていた。確か彼女は高齢になり、マンハッタンのコンドミニアムに引っ越したはずだが……。

専属の裁縫師が仕立てた宋美齢のチャイナドレスは独特のデザインで、こだわりの強さがうかがわれる(イラストは『宋美齢秘録』より)

専属の裁縫師が仕立てた宋美齢のチャイナドレスは独特のデザインで、こだわりの強さがうかがわれる(イラストは『宋美齢秘録』より)

「ええ、邸宅が売りに出された時には、狭い道に黒塗りの車がずらりと並んで大変な騒ぎでした。大勢のバイヤーが見学に来ていました」と、紳士が口を挟んだ。そして、

「実は、我が家のメイドがマダムの家のメイドと仲良しでしてね……」

 と、いたずらそうな表情を浮かべた。

「引っ越しする前に、マダムは数百着もあるチャイナドレスをすべてハサミで切り刻み、捨てて行ったのだそうですよ!」

 私は耳を疑った。

 中国女性にとって、チャイナドレスはとても大切なものである。特に「チャイナドレスの貴婦人」として知られた宋美齢ならば、どれほど高価なドレスを所有していたのか想像もつかない。かつて政治の表舞台で身に着けた最高級のドレスには、きっと多くの思い出が詰まっていたはずだ。それを切り刻んで捨ててしまうとは、いったい何を考えていたのだろう。不要になったのなら、親しい友人や身の回りの世話をしてくれるメイドさんにあげてもよさそうなものだが……。彼女は度が過ぎたケチなのか。それとも他人に譲ってオークションにでも出されることを嫌がったのか。いったいどんな心境だったのだろう。

 宋美齢の内心を思って、私は深く考え込んだ。

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