サッカーの国際審判員を2014年に退任後、JFAの「プロフェッショナルレフェリー」として指導的役割を果たす西村雄一氏(撮影/田中麻以)
副審のサポートを受けているとはいえ、主審は正確なジャッジができるように、常にプレーを見やすい位置にポジションを取り続ける。そのため1試合(90分間)で走る距離は12キロ前後になる(プロサッカー選手の1試合走行距離は平均10キロといわれている)。
「審判はそれぞれのカテゴリーに適した体力的負荷に耐えられるようにトレーニングし、試合当日にベストコンディションで臨めるように調整します。ランニングをベースとしたトレーニングと、機敏性や俊敏性、巧緻性(体を巧みに動かす能力)を高めるアジリティトレーニングが中心です。サッカーの試合には緩急がありますから、フルスプリントからジョグまでいろいろな走り方をまんべんなく鍛えています。トレーニングの一環として練習試合を担当させてもらうこともあります」
高速カウンターに対応するためのテクニック
自陣ゴール前でボールを奪ってからわずか10秒足らずで相手ゴールに到達する高速カウンターも珍しくない。そうしたプレーでも主審にはプレーを追いかけるためのテクニックがある。
「ゲーム中はボールを保持する選手に追いつこうとは考えていません。私が考えているのは、常に“攻撃側の一員”になったつもりで予測すること。サッカーは点を取るスポーツなので、試合の構造は“攻撃vs.攻撃”です。ボールを保持している側が、どのタイミングでどう攻めたいのかを予測することで、攻撃側の展開に連動した効率的な動きが可能になります」
この「展開予測」はサッカー審判に求められる独特の能力だと西村は語る。
「カウンター攻撃が得意だとか、特定のサイドを俊足の選手が駆け上がるとか、そのチームの攻撃パターンを事前学習しておくことは大切ですし、そうしたチームカラーを頭に入れていない審判はいないでしょう。ただし、私はその情報に頼りすぎないようにしています。例えば、試合環境やピッチコンディション、選手交代による戦術変更や、試合終盤の疲労が溜まっている時間帯など、その状況によって事前学習とはまったく違う展開が起きるからです。最終的には目の前で起きるプレーがすべて。その都度、選手たちの動きを見ながらどうやって攻撃するのかを予測し、それに連動して動くしかないのです」
(第4回に続く)
※『審判はつらいよ』(小学館新書)より一部抜粋・再構成
【プロフィール】
鵜飼克郎(うかい・よしろう)/1957年、兵庫県生まれ。『週刊ポスト』記者として、スポーツ、社会問題を中心に幅広く取材活動を重ね、特に野球界、角界の深奥に斬り込んだ数々のスクープで話題を集めた。主な著書に金田正一、長嶋茂雄、王貞治ら名選手 人のインタビュー集『巨人V9 50年目の真実』(小学館)、『貴の乱』、『貴乃花「角界追放劇」の全真相』(いずれも宝島社、共著)などがある。サッカーをはじめプロ野球、柔道、大相撲など8競技のベテラン審判員の証言を集めた新刊『審判はつらいよ』(小学館新書)が好評発売中。