実際、サッカーでは「白か黒か」ではなく「どちらともいえるプレー」が多い。同じような接触プレーであっても、ファウルと判定されるケースとファウルとならないケースがあるという。
「ルール上はファウルとなる接触でも笛を吹かないことは珍しくありません。どのような流れで、どういう意図で接触したのかを含めてファウルかどうかを判定しています。大怪我を招きかねないプレーや反スポーツマンシップ行為は別ですが、ファウルを受けた選手から“このままプレーを続けたい”“蹴られたけれど、この程度なら耐えられる”という意思を感じた場合、それを尊重することも“委ねられた者”の役割だからです。
選手の意図に応じて、どこまで競い合えるのかを見極めながら、ギリギリのラインを模索する。プレーの質、選手の能力、ゲームの雰囲気によって、多くの人が納得するような判定を導くスポーツはサッカーだけかもしれません。
スタジアムに来られているサポーターが期待していることは、多少の接触でも倒れずに一生懸命にプレーする選手の姿なのだと思います。その期待を裏切るように私たちがきっちりとファウルを取ればつまらないゲームになるでしょう。当然、レフェリングの“曖昧さ”が選手やサポーターの不満を招くこともあります。
ただし先にお話ししたとおりサッカーは『法則』ですから、それを読み解いて8割の人が納得できる決定を導く。主審に委ねられた主観には、これらを実現するためのマネジメントが求められていると思います。ルールを厳格に適用するジャッジ能力を問われる競技の審判の方々には、不思議に思われるかもしれませんね」
(第5回に続く)
※『審判はつらいよ』(小学館新書)より一部抜粋・再構成
【プロフィール】
鵜飼克郎(うかい・よしろう)/1957年、兵庫県生まれ。『週刊ポスト』記者として、スポーツ、社会問題を中心に幅広く取材活動を重ね、特に野球界、角界の深奥に斬り込んだ数々のスクープで話題を集めた。主な著書に金田正一、長嶋茂雄、王貞治ら名選手 人のインタビュー集『巨人V9 50年目の真実』(小学館)、『貴の乱』、『貴乃花「角界追放劇」の全真相』(いずれも宝島社、共著)などがある。サッカーをはじめプロ野球、柔道、大相撲など8競技のベテラン審判員の証言を集めた新刊『審判はつらいよ』(小学館新書)が好評発売中。