「読んでいるときに風通しのいいものを、と要所要所で風を吹かせ」
小説に挿入される、みなとと飛鳥が書く手紙が魅力的だ。彼らが何を大切にして、何が好きで、どういう人柄なのかがわかる書きぶりである。メールやLINEでやりとりする時代に文通とは古風だが、佐原さん自身も、実際に文通をしているという。
「1人は、私の地元の神戸で仲良くなった友達で、その後関東に転勤したのですが、誕生日にサプライズで手紙とプレゼントを贈ったのがきっかけでした。
もう1人は読者さんで、さっきお話ししたエッセイに、『もし文通相手がほしい人がいたら連絡ください』って書いたら、本当に来たんです! 少し年齢が上のかたで、すごい達筆で、綺麗な便箋に書かれた手紙が出版社経由で届いて、お返事して、それから普通にやりとりしています」
さらにさかのぼると、小学生のときにも同じクラスの友達と近所の神社の木の洞に手紙を入れて交換していたこともあるそうだ。手紙が雨に濡れて止めてしまったが、このエピソードは少し形を変えて、小説の中のみなとと飛鳥のやりとりに活かされている。
自分は書いたことを忘れていても、受け取った相手は覚えていて、ふとした瞬間に自分の手元に戻ってくることもある。そんな手紙ならではの面白さも描かれている。
「この本が出て、文通ブームが来たらいいな、と思っていたんですけど、郵便切手が値上げするんですよね! X(旧Twitter)では、『値上げするのはしかたないにしても、手持ちの可愛い84円に組み合わせられるように、1円切手のバリエーションを増やしてほしい』というポストがバズってました」
佐原さん自身がプライベートで手紙を書くときは、気持ちの赴くまま、徒然なるままに書き、それが楽しいそうだ。
年上のみなとと、若い飛鳥は、おたがいの年齢や性別にとらわれず、時折ぶつかりながらも、2人でしかつくれない関係性を築いて働き方を見つけていくのが気持ちいい。
「読んでいるときに風通しのいい感じにしたいと思って書いていました。なにしろ『鳥と港』なので。鳥は風に乗るし、海辺も風が吹くイメージですよね。本の中でも、実は要所要所で風を吹かせているんです」
そう聞いてから読み返すと、冒頭のページでも骨までかじかむような風が吹き下りているのに気づいた。風の向きは、そこからさまざまに変わっていく。
「最後のシーンは、浮遊感というかふわーっと広がるようにしたいと思っていましたね。季節が一巡りして終わるので、そう言えばうってつけの言葉を書いていたなと思い出して、ラストに持ってきました」
読み終えて、佐原さんからの手紙を受け取ったような、あたたかな気持ちになる小説だ。
【プロフィール】
佐原ひかり(さはら・ひかり)/1992年兵庫県生まれ。2017年「ままならないきみに」でコバルト短編小説新人賞を受賞。2019年「きみのゆくえに愛を手を」で氷室冴子青春文学賞大賞を受賞し、2021年同作を改題、加筆した『ブラザーズ・ブラジャー』で本格デビュー。ほかに『ペーパー・リリイ』『人間みたいに生きている』、共著に『スカートのアンソロジー』『嘘があふれた世界で』がある。
取材・構成/佐久間文子
※女性セブン2024年6月27日号