【著者インタビュー】佐原ひかりさん/『鳥と港』/小学館/1870円
【本の内容】
《休みはたった二日。月曜からまた出社で、空虚な言葉を集めてまとめて金曜の夜までゴミ箱行きの資料を作り続ける。毎日。/いつまで?/いつまでつづくんだろう。死ぬまで? いや、定年までか》。国立の大学院を出て就職した春指みなと。朝一番の仕事は、全体朝礼で発表された「気づき」のまとめ。夜の飲み会は、入口に暖簾がかかった店では上司のために暖簾を上げる、上司が脱いだ靴は部下が揃える…そんな会社に嫌気が差して退職。ある日、公園で郵便箱を見つける。中に入っていたのは一通の手紙。そして不登校中の高校生・飛鳥と文通が始まって、2人はクラウドファンディングで文通屋を始めることに──。
「小説の中のみなとと同じく、トイレの個室で泣いて…退職」
《会社、燃えてないかな》
インパクトのある書き出しである。会社に行きたくないあまり、主人公の1人であるみなとは消防車のサイレンを聞いて、咄嗟にそう思ってしまうのだ。
『鳥と港』は、みなとと、もう1人の主人公の飛鳥が、これからの、新しい働き方について考える小説である。
大学院を出て入った会社が肌に合わず、1年たたずに辞めたみなとと、学校に行かなくなった高校生の飛鳥。ほとんど接点がないはずの2人が偶然から手紙を交換するようになる。相手がどういう人かほとんど知らないのに、なぜか気が合って文通は続き、出会い、飛鳥の提案で「文通」を仕事にできないかと考え始める。
「お仕事小説はどうですか、という話は編集者からいただきました。最初の打ち合わせのときに、私が雑誌のエッセイで文通しているということ、仕事が嫌で逃げて海へ行った、というのを書いたことがあって、その2つを組み合わせられないか……、というところから始まりました。私の小説の中では、いちばん自分の経験がベースになっています」(佐原さん・以下同)
みなとが燃えてほしいとまで思いつめる会社の朝礼風景や、新入社員に宴会芸やお酌、上司の靴を揃えることを強要する風習は、昭和にタイムスリップしたようで、いまだにこんな会社があるのかということに茫然とする。
「あります、あります。私は民間企業で2社ほど働いていましたけど、150人ぐらいがワンフロアにいて、朝礼で『今日のいい話』を全員に共有する、みたいなことをやっていました。『お仕事小説を』と言われたときに、自分が持っている働くイメージってネガティブなものばかりでした。毎日嫌な気持ちで1時間かけて行って、小説の中のみなとと同じく、トイレの個室で泣いて、みたいな感じで辞めましたし。
学生時代は卒業したら一般企業にまっすぐ就職して勤めるのが正しい、働くってそういうイメージだとなんとなく思い込んでいましたが、実際にはそんなことはなくて、世の中にはいろんな仕事があり、いろんな働き方ができるはず、というエッセンスを小説に入れられたらなと思いました」
学生が就職活動するとき、自分が働くことになる会社にどんな人がいて、どういう雰囲気で働けるかなんてわかりようがない。わからない以上、入った会社の社風が合わなくて辞めることも、本当は避けようがないはずだ。
「キャリアチェンジのときに、マイナスのことは要素として含まないようにしよう、という考え方が一般的ですけど、本当に大事なのは、自分が嫌なこと、絶対にしたくないのは何かということの方じゃないかと思うんです。私がいちばん無理だったのはワンフロア150人で電話が鳴りっぱなしみたいな環境でした。その経験から、キャリアチェンジの際は、職場の環境について事前に訊ねることを心がけています」