三田寛子(58才)が“梨園の妻の鑑”と称賛されてから約8年。良妻の支えもむなしく、夫・中村芝翫(58才)の不貞は後戻りできないところまで行き着いた。今度は愛人女性を実家に招き入れ、ひとつ屋根の下での生活が進行していたのだ。驚きの実態に迫る──。【前後編の前編。後編を読む】
列島が高気圧に覆われ、都心にも強い日差しが降り注いだ6月上旬のある昼下がり。都内の邸宅から、マスクで顔を覆った髪の長い女性が現れた。パッチリとした目元が印象的なその女性は、目下、歌舞伎役者の中村芝翫と同棲生活を送る40代の“愛人”Aさんである。
芝翫の母・雅子さんが先代から相続したその家を芝翫と妻の三田寛子が、ふたりの名義で購入したのは約10年前のこと。兄の中村福助(63才)や2人の姉も過ごしたきょうだいの実家で、かつては稽古場としても使われていた、いわば成駒屋の本拠地である。2022年5月頃から家族と別居している芝翫は、その“別宅”で日々を過ごし、三田と3人の息子が暮らす自宅にはほとんど姿を見せていないという。
「大家族が暮らしただけあって家の中は広く、2011年に他界した先代の七代目芝翫さんが健在だった頃は、モニターを10台並べた競馬専用の部屋や、人形を飾る趣味の部屋などもあったそうです。
芝翫さんが三田さんと暮らす自宅を出た理由は、当初は隣家のリフォームによる騒音のためという説明でした。別宅での生活は3か月程度で終わるはずだったのですが、工事が終わってもズルズルと……2年以上が経ったいまも芝翫さんが自宅に帰る素振りはなく、三田さんとの別居が続いています」(芸能リポーター)
その間に、芝翫が招き入れたのがAさんだった。スウェット姿で勝手口や玄関を自由に出入りし、芝翫に届いた宅配便を慣れた様子で受け取る彼女はどんな女性なのか。
「アパレル関係の仕事をしている一般女性で、タレントの熊田曜子さんに似ていると報じられたこともあります。芝翫さんとの不倫が初めて取り沙汰されたのは2021年12月。前年の冬頃に演劇関係者を通じて知り合い、彼が京都に滞在している間、毎日のようにホテルで密会を繰り返していたことが『週刊ポスト』に報じられました」(前出・芸能リポーター)
結婚以来、3度目の不倫スキャンダルだった。芝翫は2016年に京都の人気芸妓との“道ならぬ恋”を『週刊文春』にすっぱ抜かれ、2021年にも同誌に関西のタニマチの女性との不倫を報じられた。そのたびに火消しに走ったのが妻の三田だった。
「一度目の不倫が発覚した際、土砂降りの雨の中、自宅の前で報道陣の取材に応じる三田さんの“神対応”は大きな話題を呼びました。当時、彼は三代目中村橋之助で、芝翫を襲名する直前というタイミングの悪さ。釈明会見では『不徳の致すところ』と繰り返し、しどろもどろな説明に終始しましたが、三田さんは騒動をきっちりと詫び、成駒屋の看板に傷を付けた夫をきつく叱りつけたと明かしたのです。文春の取材には『ウチには“芸の肥やし”はありません』とピシャリと言い、自ら騒動に終止符を打ちました」(前出・芸能リポーター)
「DNAを調べてもらってもいい」
芝翫と同時に3人の息子たちが名跡を襲名する折も折。対応を間違えれば致命傷が残るところだったが、三田が前面に出て気丈に振る舞うことで家族が団結し、ピンチを乗り切ることができたという。
「不倫騒動の影響もあって、歌舞伎界でも異例の4人同時襲名は大きな話題を呼び、公演のチケットが飛ぶように売れたといいます。芝翫さんの母・雅子さんは『いったい何をやってるの』と芝翫さんを叱ったものの、三田さんのおかげで無事に襲名を迎えられたことに感謝しきりだったといいます」(歌舞伎関係者)
このときばかりは三田も猛省する夫を信じたのだろう。囲み取材では「これからが彼の男として、人としての見せどころ」と激励し、夫婦で誠心誠意、お詫びしていくことを誓った。だが、その後も妻の苦労が報われることはなかった。