史上最年少(14才2か月)でプロ入り後、数多の記録を塗り替え、2023年10月に将棋界の八大タイトルを制覇。盤石の強さを誇る藤井聡太(21才)だが、周りの棋士とて黙って見過ごしているわけではない。歴代の猛者が次々とタイトル戦に登場し、牙城を崩さんとしている。戦国時代の様相を呈する棋界と藤井のライバルを追う──。将棋ジャーナリストの松本博文氏が寄稿した。【全3回の第1回】
「藤井聡太の八冠独占はいつまで続くのか?」──これが現在の将棋界における、もっとも注目されるトピックだ。現代の奇跡のような、藤井の絶対王者への足取りを、簡単に振り返っておこう。
2020年、当時17才、七段だった藤井は渡辺明棋聖(現九段)に挑戦し、史上最年少で初タイトルを獲得。以後は豊島将之九段、永瀬拓矢九段、菅井竜也八段、羽生善治九段といった当代のトップクラスの棋士たちと白熱の好勝負を重ねていく。そして番勝負で一度も敗退することなくタイトルを増やし続け、ついに2023年、最後に残った王座を永瀬から獲得。前人未到の全八冠同時制覇を達成した。
藤井が底上げするライバルたちの棋力
頂点を争う立場になれば、相手が厳しくなるため、勝率は下がる。これがいままでの将棋界の常識だ。しかし藤井の勝率はデビュー以来7年連続で8割以上をキープ中。過去に年間8割を複数回記録したのは大棋士の羽生(3回)と中原誠十六世名人(2回)しかいない。その点だけ見ても、藤井の異次元ぶりは明らかだ。
藤井は図抜けた実力の持ち主でありながら、記者会見やインタビューでの言葉からもうかがえる通り、常に謙虚だ。多忙な日々の中、努力・研究を怠らない。若く健康で体力もあり、心技体ともに充実している。よほどのことがない限り、藤井が将棋界の第一人者である時代は、長く続いていくのは間違いないだろう。
では藤井がタイトルを失う可能性がないかといえば、そんなことはない。ほかの棋士が弱いというわけでもなく、状況はむしろ逆で、現在の将棋界は、史上空前の層の厚さを誇っている。棋士たちは藤井の強さを認めながらも、藤井に勝つ方策を模索する過程で、さらにパワーアップしつつあるようにも見える。50代の羽生、40代の渡辺らも、衰えは感じさせない。
藤井に対抗する棋士の一人として、現在脚光を浴びているのが山崎隆之八段(43才)だ。コンピュータ将棋ソフト(AI)を用いた序中盤の研究が必須といわれる現代にあって、山崎はその真逆のスタイルを取り続ける。山崎は独自の感性に磨きをかけ、40代にしてタイトル戦再登場を果たした。藤井に山崎が挑む棋聖戦五番勝負で山崎がシリーズを制すると、史上2番目に年長での初タイトル獲得という偉業を達成することになる。