「ここ、ルナルナが通ってたお店でしょ?」──隣のボックス席から、そんな会話が聞こえてきた。
ここは北海道札幌市の歓楽街、ススキノの中心部にある、『怪談』をテーマにしたコンセプトバーだ。飲み放題で安価で飲めるため若者が多く集う人気店となっている。時間を区切って語り部が現れ、怪談を聞かせてくれる。その話に合わせて、部屋が暗転したり、大きな物音が響くなどの演出もあり、怪談好きの客を怖がらせる。
隣の席に座るカップルの会話は続く。
「目玉入りのカクテルがあるって聞いたけど……あ、これだ」
メニューを手にした女性が店員を呼ぶ。
「すみません、この『目テキーラ』ください」
「こちら、飲み放題メニューではありませんが、よろしいですか」
「はい、大丈夫です」
「ここ、田村瑠奈が通ってたお店ですよね」
女性がそう話を向けると、店員は少し困ったような顔で答えた。
「まぁ、そうですね。通っていたというほどじゃないかもしれませんけど」
「でも、ここに来たことあるんでしょ」
「あると思います」
「どんな人でした?」
「いや、ちょっとそれは……毎日たくさんのお客さんが来るから、一人ひとりの顔は、正直覚えてないんですよね。ごめんなさいね」
それだけ言うと、店員は店の奥に消えた。
6月4日に行なわれた母親の田村浩子被告(61)の公判の中で、娘の田村瑠奈被告(30)は、以前から人体に興味があり、人の目玉を模したカクテルなどが提供される怪談バーに出入りしていたことが、検察側の冒頭陳述から明らかになった。
『目テキーラ』は、ショットグラスに注がれたテキーラの中に、ブルーアイの目玉が浮かんでいる商品だ。店員によると、義眼は寒天で作られているそうだが、本物と見紛うばかりの出来栄えだ。
瑠奈被告は被害者の眼球をくり抜いて瓶に入れ、頭部から剥いだ皮膚は浴室のワイヤーに吊るされたザルに干すなどしていたという。
公判の検察側の冒頭陳述によると、瑠奈被告は母親に、『私の作品見て欲しい』と、ことさら破損した遺体を見せつけて、父・修被告にも見せたいから呼ぶようにと伝えるなどしていた。
“目テキーラ”以外にも、店の中には、怪談気分を盛り上げるためであろう、数々のオブジェが並ぶ。
ひときわ異彩を放っているのが、カウンターの上に無造作に置かれた男性の生首を模したオブジェだ。持ち上げてみると、ずっしりと重い。あいにく本物の生首を持ったことがないので、この重量が実際の生首をどこまで正確に再現しているのかは、わからない。
──でも、瑠奈被告ならわかるのだろうな。
ふと、そんなふうに思った。