移りゆくなか時代のなかで、芸人を取り巻く環境や意識は大きな変化を迎えている。かつては日常的に行われていた女性芸人に対する“容姿いじり”についても、解散した尼神インターの誠子(35才)や3時のヒロインの福田麻紀(35才)のように、封印を宣言するケースも多い。時代を敏感に察知し、時代とともに変わっていく女性芸人たちに迫る。【前後編の後編。前編を読む】
この問題が複雑なのは、容姿をいじられることが必ずしも本人の意に反しているわけではないことだ。お笑いタレントの青木さやか(51才)が話す。
「お笑いを始めるまで容姿をいじられたことはなくて、バラエティーに出て途端にいじられまして悲しかったですが、それに対してお客さんや視聴者のかたから笑いが起きることが、また共感しているんだなと思うとさらに悲しかったですね。ですが、先輩は意地悪でいじるわけではなく、“おいしくしてあげよう”とか“仕事だから”とかそういう思いでのいじりでしょうから、『ありがとうございました』と言いました。感謝と悲しさがありましたね」
『女芸人の壁』(文藝春秋)の著者でライターの西澤千央さんは、男社会において、女芸人は「求められることを必死に演じていた」と話す。
「見た目をいじられたり、セクハラをされてもうまくかわして、逆に男性に迫るよう指示されたりもする。山田邦子さんも、上沼恵美子さんも、話を聞くとそれに対する疑問や怒りをぐっとのみ込んで、うまく受け流してきたようです。一方で、青木さんが言うように“いじりに対する感謝”の思いもないわけではないという人は多い。自分が求めている笑いでなくとも、ひとつの仕事としてこなしているんです」
青木が言う。
「でもこれって、芸能界に限った話ではないですよね。かつて男女平等参画社会が目指され始めた頃、男性社会においてOLさんは、飲み会でホステスさんのような役割をこなしたり、時にあばずれキャラを演じたり。空気を読んで居場所を確保する。男性上司の期待にお応えして頑張るということがあったのではないか。つらかったというより、あの時代の処世術だったのでは。いまも、同じような感覚の男性(女性もいますが)はいらっしゃいます。
私もその感覚の男性の求める方向性の発言を提供することに慣れてしまっている。でもいまはできるだけお応えしないよう、私は本当は何が言いたいのか、男性ではなく私自身の心に気を配ることを頑張っています。いま、時代の流れで、当時口に出せなかった違和感について聞かれたから答えていますが、実はつらかったという後出しはできるだけ今後ないよう、まずは自分から変わりたいですね」
それでも、社会で女性すべてが同じ考えでないように、女性芸人でも積極的に“いじられることで笑ってもらえる”と思う人もいる。“パンティーテックス”などのハイテンションギャグが持ち味の島田珠代(54才)は、「体を張っていじられてこそ、女芸人ですよ」と言い切る。
「いまのご時世、あまりこういうことを言ってはいけないと思いますが……」
と前置きしつつ、こう続ける。
「私は吉本に入ったとき、“ブサイク”と言われることに喜びを感じました。色気が出るとウケなくなると思い、きれいに決まったメイクをバーッと落としたこともあります。私の考えでは、女芸人は一般の女性から『女芸人は私たちより下だね。私たちはあんなことできないわ。ああ恥ずかしい』と思ってもらうことが商売。そのうえで笑ってもらうことが私たちのプライドなので、容姿いじりは全然オッケーです。
もちろんおしゃべりやネタが得意な女芸人も大歓迎ですが、私はいじられることが喜びです。一般のかたに『このブサイク!』というのは絶対ダメだけど、私たちはそれでお金をもらっているし、いじられることが当たり前だと踏まえての職業選択なので、傷つくこともなくむしろ名誉です」