選挙は民主主義の根幹、しかし語り合うのが難しいの政治である。コラムニストの石原壮一郎氏が考察した。
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この物語は、あくまでフィクションです。実在の地域や選挙、候補者にはカケラも関係ありません。イメージが重なる部分があったとしても、それは気のせいです。
20××年の夏、日本のどこか大きな町で「町のいちばん偉い人」を決める選挙が行なわれていました。選挙管理委員会の予想をはるかに超える多くの立候補者があり、ポスターの掲示板の枠が足りなくなるという前代未聞の事態になりました。
いざ選挙期間がスタートしてみると、その貴重な掲示板の枠の半分ぐらいに、同じポスターが貼られています。場所によっては、イヌやネコのイラストが貼られているところもあるようです。テレビの政見放送でも、出てきた6人のうち5人が同じことを言っているなんてことがありました。これまでもこの町の選挙では、ユニークな人が立候補して話題になったりもしていましたが、それとは次元が違う「異様さ」です。
この町に長く住んでいる源三さん(仮名、73歳)は、掲示板の前に立って腕組みをしていました。「うーむ、孫に聞かれたら、どう答えたのものか……」と悩みながら。
源三さんには、近所に住む孫娘がいます。名前はアヤちゃん(仮名、6歳)。好奇心旺盛で、いつも大人を質問攻めにします。それはいいのですが、近ごろは「ねえ、ジイジ、月はなぜ落っこちて来ないの?」といった鋭くて難しい質問もしてくるようになりました。テレビで話題になっている「選挙」にも、興味を持っているに違いありません。
「同じポスターがいっぱい貼ってあるのはなんでなの?」
そんなことを思った数日後、源三さんの家にアヤちゃんが遊びに来ました。「滑り台がやりたい」と言うので、ふたりで手をつないで近所の公園に行きました。公園の横には選挙ポスターの掲示板があります。
「ねえ、ジイジ、同じポスターがいっぱい貼ってあるのはなんでなの?」
掲示板を見ていたアヤちゃんが、不思議そうに尋ねました。子どもの目にも、さぞや奇異な光景に映ったでしょう。源三さんは「やっぱり来たか」と思いながら、考えておいた答を話しました。
「アヤッペ、いいところに気が付いたのう。『こういうことをしてはいけません』っていう決まりはないと言いながら、得意気にやった人がいるんじゃ。してはいけないのは当たり前すぎて、誰も決まりなんか作る必要はないと思っていたんじゃがな」
「よくわからないけど、決まりがないなら、してもいいってこと?」
「決まりがあろうがなかろうが、ワシはしちゃいかんと思う。世の中には文章で書かれている決まりよりも大事なものがあるんじゃ。アヤッペも、そのことをよく覚えておくんじゃぞ。そして将来、したり顔で『決まりがないならやってもいいはずだ』なんて言うヤツがいたら、そいつのことは絶対に信用してはいかん」
「したり顔ってなに?」
「したり顔っていうのは、本当は自信がないヤツが背伸びして賢そうに振る舞ったときになる顔のことじゃ。ネットの中には、そういうヤツがウヨウヨしておる」
「ふーん、なんかカッコ悪いね。ほかにも、いろんなポスターが貼ってあるけど、この中から誰かをひとりを選ぶんでしょ。ジイジは誰がいいの?」