「鰯の頭も信心から」とは、つまらないものでも信心する人には尊い、物事をかたくなに信じる人のことを言う。江戸時代、鰯の頭は節分に鬼除けのために飾られた(イメージ、時事通信フォト)

「鰯の頭も信心から」とは、つまらないものでも信心する人には尊い、物事をかたくなに信じる人のことを言う。江戸時代、鰯の頭は節分に鬼除けのために飾られた(イメージ、時事通信フォト)

「社長が洗脳されているのではないか」

 悩み事はいつでも電話ができ、些細なことでもアドバイスする。男は夫婦を依存させていく。詐欺を行っていただけに口はうまく人当たりもいい。経営的な内容にも長けていたため、夫婦は会社の経営についてもアドバイスを求めた。優しく諭すよう説明する時もあれば、厳しい言葉を浴びせ怒鳴ることもある。娘と息子も仕事で父や母に聞けないことは、男にアドバイスを求めていった。家族は次第に自分の頭で考えることをやめていく。一緒に生活していた次男はこの状況を危ぶんだが、夫婦は聞き入れなかった。次男は諦めて家を出た。夫婦は会社にも取引先にも男を連れていくようになり、男の生活費のすべてを夫婦は率先して支払った。男がそうするよう仕向けていたのだ。

 社員や取引先から「社長が洗脳されているのではないか」という不安の声が出始めたのはこの頃だ。社長に代わり男が朝礼で挨拶した、取引先との商談でも社長が男に決定させたなどの噂が親族に入り始めた。そして会社の取締役に男が就任したことで、親族は夫婦を呼び出した。しかしいくら「騙されている」「詐欺だ」と訴えても、男を信じているので耳をかさない。逆に自分たちを親族が陥れようとしていると訝しんだ。男のやり方は巧妙だった。自分からは前に出ない。必ず夫婦に頼まれ、働きかけられたように装ったため、親族もそれ以上口を出せなかったのだ。次男を除いた資産家一家は親族から距離を取ってしまう。

 ここで男は内縁関係にある女を夫婦に紹介。資産家一家は、女の出現で関係性が変わっていく。男は家族を仲たがいさせようと目論んだのだ。女は子供たちの不満に火を点け、問題はすべて親のせい、会社のために経営権を奪うべきだと吹き込んだ。男は自分に従順な夫婦を恫喝し始め、言うことをきかないと何時間も正座させ食事も与えなかった。男の前で萎縮する親の姿に、長男も長女も親への嫌悪感を増大させ、一緒に親を責めた。夫婦は会社に出なくなる。夫婦を案じた親族が家にいき「男は元暴力団だ」「詐欺の前科がある」と叫んでも玄関の扉が開かれず、逆に警察を呼ばれてしまったという。

 子供たちは操り人形と化し親をなじり責め、男は家族の金も会社の金も自由に動かした。ここに至ってようやく夫婦は自分たちの間違いに気が付く。だが彼らに男に反抗する力は残っていなかった。ある日の午後、妻が近所を流れる隅田川に飛び込んだ。心肺停止の状態で引き上げられ、病院の集中治療室に運ばれた。連絡を受けた親族が病院に駆け付けたが、そこに家族の姿はなかった。そして翌日、夫が行方不明になった。ようやく次男が帰ってきたが、なす術はなかった。

 1週間後、妻が息を引き取った。行方不明の夫も川の下流で遺体で発見された。だが親族はその遺体に会うことができなかった。葬儀に際し長女と長男が親族の列席を拒否したのだ。次男すら父親の顔を見ることができなかった。葬儀場の前で男が次男の顔を殴り追い返したのだ。次男は全治1週間のケガを負った。

 親族は元刑事に自殺教唆などで罪に問えないか調査を依頼したが、長女と長男が男のコントロール下にあり証拠をつかめなかった。男に殴られ診断書を取っていた次男も、これ以上関わり合いになりたくないと被害届を出すのは止めた。親族はいう。「あの時、諦めたことを今でも後悔している。洗脳された人にとっては、信じる相手が人殺しだろうがヤクザだろうが、詐欺師だろうが関係ない。彼らは奪えるものはすべて奪いつくす」。

 この占い師は当たると占いを信じるのもいいが、それを入口に洗脳の罠にはまってしまうこともある。くれぐれも自分で考える自由、決断する自由は手放さないことだ。

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