「ああ、ぐちぐちうるさい!」──直木賞作家・佐藤愛子氏の大人気エッセイを映画化した『九十歳。何がめでたい』で、90歳にして佐藤愛子役として初の単独主演を務めた草笛光子。70年以上にわたる女優人生は、観客のみならず、後進の俳優たちにも大きな影響を与えてきた。「草笛さんのことなら話したい」と登場した名だたる共演者たちの証言で「女優・草笛光子」の実像に迫る。【前後編の前編。後編を読む】
草笛は今年で芸歴74年を迎えた。1950年に松竹歌劇団(SKD)に入団。退団後は女優として80本以上の映画に出演したが、意外にも『九十歳。何がめでたい』が初の単独主演となる。
草笛演じる佐藤愛子は、作家人生「最後の小説」を書き終えて生き甲斐を失っていた。それが熱心な編集者(唐沢寿明)との出逢いで嫌々ながらも瑞々しく活力を取り戻していく──。前田哲監督は『老後の資金がありません』(2021年)で初めて草笛と仕事をし、今作が2度目。その印象をこう語る。
「とてもチャーミングで、心が素直でピュアな方なんです。芝居にも、常に全身全霊で取り組む。撮影の1週間前に草笛さんから感情の流れの確認をしたいと言われ、ご自宅に行きました。台本を読み合わせしながら『私はこのセリフに、こういう気持ちを乗せたい』などとおっしゃっていて、みっちり話し合いましたね。
90歳にして、90歳の役を演じ、90歳の間に公開。奇跡の映画と言える。気っぷがよく潔い生き方をしてきたことも、佐藤愛子さんとすごく重なる。草笛さんにとってまさに一世一代の役だと思います」
クランクアップでハグした時、前田監督は草笛にこう聞かれたという。
「次はいつなの?」
74年のキャリアを誇る草笛が地位を確立するきっかけとなったのが、巨匠・市川崑監督の信頼を得たことだった。映画『犬神家の一族』(1976年)をはじめ、市川監督がメガホンを取った「金田一耕助シリーズ」では、全作品にすべて「違う役柄」で出演している。金田一耕助役として共演してきた石坂浩二(83)が振り返る。
「現場であの市川監督と丁々発止のやりとりをしているのを見た時は、本当にびっくりしました。私はあまり深く考えないので、監督に『馬鹿野郎!』とよく怒鳴られましたけど、草笛さんは自分ですごく考えて役作りをしていた。でも監督は監督で完全に出来上がったイメージを持っているので、2人でよく議論になっていました。
監督が“なるほど”と頷く時もありましたが、頑として聞き入れてもらえず、草笛さんが“そんなこと言ったって!”と声を荒らげる時もありました(笑)。それだけ真剣に役作りに打ち込んでいるからこそ、監督も草笛さんを買っていたのでしょうね。草笛さんも監督のことを尊敬していらっしゃいました。『あの人はすごい監督で、全部出来上がった作品が頭の中にあるのよ』なんておっしゃっていましたね。草笛さんはそんな監督に向かって戦おうとなさっていたのだと思います。まさに唯一無二の存在でした」