夏場は害虫たちの動きが活発になるハイシーズン。蚊、ゴキブリ、ダニ、コバエ……など、多くの害虫が繁殖するが、中でも要注意なのが「トコジラミ」。近年よく耳にするようになった、お騒がせなあのムシが、世界中でパニックを引き起こしている。
間もなく五輪が開幕する花の都・パリ。昨秋、そのパリのファッションウイークで起きたトコジラミ被害に激震が走った。
「翌年のウィメンズの春夏モノが展示され、世界中から多くのファッション関係者が集まるイベントだったのですが、あるアジア系のインフルエンサーが帰国後に、『パリでトコジラミに刺された』とSNSで報告。『足がかゆくて気が狂いそう』とコメントした彼女の動画は300万人超の視聴があり、1億4000万回以上も再生されました」(ファッション誌関係者)
その頃、パリでは映画館や電車内、空港などでも“トコジラミ目撃談”が相次ぎ、ついにはフランスの国民議会(下院)でトコジラミ対策を巡って政府が批判にさらされる事態に発展。これに対しマクロン大統領の与党連合も、トコジラミ問題を最優先課題にすると発表した。
実は日本の隣国の韓国でもトコジラミが蔓延中だ。韓国語でトコジラミは「ピンデ」と呼ばれ、ピンデ+パンデミックで「ピンデミック」なる造語も誕生。昨年11月、韓国政府は「合同対策本部」を立ち上げて「トコジラミとの闘い」を宣言した。
世界中で猛威を振るうトコジラミは、例外なく日本でも存在感を増している。有害生物防除に関する全国組織「日本ペストコントロール協会」へ寄せられたトコジラミの相談件数は、2022年度(2022年4月〜2023年3月)で683件。2009年度から約5倍に増えている。
とりわけ都市部で被害が著しいと指摘するのは、日本ペストコントロール協会の理事で技術委員長を務める谷川力さんだ。
「昨年、東京都ペストコントロール協会へ寄せられた相談件数は過去最多となりました。『実物を見た』『この症状はトコジラミではないか』『肌がかゆい』など、さまざまな相談が寄せられています」
そもそもトコジラミと日本人の関係は長い。江戸時代、オランダから買い入れた船で西洋から持ち込まれ、明治時代の西南戦争の頃から数が増えたとされている。古くは南京虫と呼ばれた、身近なムシだった。
だが、米軍が持ち込んだ“戦後最初の殺虫剤”の「DDT」などにより、1964年の東京五輪の頃には日本からいったん姿を消した。それがなぜまた大繁殖しているのか。前出の谷川さんが解説する。
「1つ目は薬剤耐性を持った『スーパートコジラミ』の出現です。2000年代になると従来の薬剤が効かないトコジラミとして先進国で再興し、いまや日本にいる多くがスーパートコジラミとされます。2つ目がインバウンドの急激な復活。トコジラミの卵や成虫は旅行者や物流にくっついて拡散するため、アフターコロナで活気づいた海外からの人流とともに広がっています。宿泊施設に限らず、一般家庭でも油断できません」
凄まじい繁殖力で、気温25〜30℃で活発になるという。国立環境研究所の生態リスク評価・対策研究室長、五箇公一さんが話す。
「空調が行き届き密閉された夏場の室内は、トコジラミにとって好適地なんです。しかもネズミやクモといったトコジラミを捕食する天敵も室内にはいませんから、駆除しない限りはネズミ算式に数が増え続けます」
気になるのは人体への影響だろう。刺されるとどうなるのか。
「トコジラミは人間を宿主として吸血します。刺された人によると、何も手に付かないほどの激しいかゆみが長く続いて、トラウマになるレベルだとか。感染症を媒介していないのが唯一の救いとはいえ、健全な生活を阻んで精神的ダメージを与えるという意味で、トコジラミは立派に危険な害虫です」(五箇さん)
人によって不眠症や神経障害、発熱などの症状が出ることも。かきすぎて皮膚に傷がつき、細菌の二次感染で化膿することもある。被害を防ぐためには、何より家へ持ち込まないことが重要だが、人がいればどこにでもすめるのがトコジラミ。「日本中どこにいてもおかしくない。その心構えが大事です」と、五箇さんは説く。