満洲族にとって重要な「旗」

 じつは、善耆もモンゴル族と深いつながりがあった。実妹の善坤が内モンゴルの王侯貴族とも言うべき、グンサンノルブに嫁いで妃となっていたからである。

「王侯貴族とも言うべき」などという言い方は曖昧で、歴史をきわめるためには避けるべき用語なのだが、この時代モンゴル族というのはきわめて多様性があって、簡単に一つの言葉ではくくりにくい。まず、大づかみに全体像を説明する。ちなみに、細かく分割された専門家の集団である歴史学界はこうした説明が非常に苦手で、要するに「木を見て森を見ず」ということになってしまっているのはご存じだろう。「井沢の説明は正確では無い」という反応があるかもしれないが、あくまで「大づかみ」な話であることをご理解いただきたい。

 さて、モンゴル族全体が一つにまとまっていたのは、チンギス・ハンの時代である。その後継者が建てた元が漢民族の明によって滅ぼされたことによって、「モンゴル族は一つ」という時代は永久に終わりを告げた。漢民族はこの手強い遊牧民が大帝国を再建しないように、まず万里の長城の外側にある根拠地の大草原地帯を北と南に分割した。

 これも正確に言えば、漢民族のテリトリーに近い南半分を領有し、そこに住むモンゴル族には、定住そして農業を強制した。その北側の本来の遊牧地帯がのちに外蒙古、漢民族に取り込まれたモンゴル人たちが住む南側は内蒙古と呼ばれた。もちろん清国から中華民国そして中華人民共和国へと国体を変えた漢民族は、なんとかしてこの外蒙古も自分たちの領土にしようとした。それは遊牧民であるモンゴル人から見れば、彼らの「奴隷」となって無理やり農業をさせられるということである。

 そして中国は一九一七年のロシア革命でロシア帝国が崩壊したとき、その弱みにつけ込んで外蒙古に兵を送り占領した。外蒙古の人々たちは当然反発し、ロシア帝国を解体して世界の強国となったソビエト連邦に保護を求めた。結局、ソビエトのバックアップのおかげで外蒙古の人々たちは独立し、社会主義のモンゴル人民共和国を作ることができた。

 ところが、ソビエトも結局は中国と同じだった。根っからの遊牧民である外蒙古モンゴル人(仮にそう呼んでおく)に、農業を強制しようとしたのだ。怒った外蒙古モンゴル人たちは、今度はソビエト連邦が崩壊したときに社会主義との決別を宣言し、新しい国家「モンゴル国」を作った。それがいまのモンゴルである。いまでも多くの国民が遊牧で生計を立て、少なからずの国民が乗馬に長けているのはよく知られている。

 外蒙古モンゴル人は農業にくらべて生産性の低い遊牧に最後までこだわり、中国やソビエトの弾圧を乗り切って民族の伝統を守り切った稀有な存在である。これにくらべて、同じ遊牧民族であった満洲族は完全に中国の伝統に染まり切って農耕民になってしまった。先祖はヌルハチであり姓も無かったが、子孫は愛新覚羅という姓を名乗るようになった。

 姓は一文字が基本(李、陳、楊など)で、二文字(諸葛、司馬など)もあるが中国できわめて珍しい四文字の姓を名乗ったのは「漢民族とは違うぞ!」というこだわりが感じられるが、遊牧は完全にやめてしまい定住するようになった。ただ、その本拠地を地名では無く、川島芳子の経歴に「満洲ジョウ(かねへんに襄)白旗」とあるように「旗」とした。

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