世界が閉じた瞬間お話は生まれる
兄「主を助けたり冒険したりする犬の映画が昔はあったじゃないですか。そういう犬の愛の重さへの違和感が、デビュー作同様、出ちゃった感じはします」
弟「猿も意地悪に書くのは避けようと兄と話していて、それで猿蟹合戦での悪行を後悔する猿にしたのかな」
兄「そして雉は『鶏は三歩歩けば忘れる』という諺を弟がしきりに言っていて」
弟「鳥頭=記憶喪失なんて典型的すぎますけど。でも雉は雄の方がキレイだし、受け専門なんだろうなとか、それで恋愛になったのか」
兄「いきなり佳代ちゃんを出してきたんですよ、弟が。試し書きの段階でもう雉と佳代ちゃんが散歩していて、ああ、こんなしっとりしたトーンで書くんだなって」
弟「僕は素直にいいなあと思った部分ほど記憶にないんですよ。当たり前すぎて」
兄「桃次郎が桃ではなく、川で拾ってきた〈マラフグリ〉から生まれた設定も、ダメ出しされると思ったら、ああ、いいのねって(笑)」
弟「少しギャグっぽい話はお互いニヤニヤしながら書いていますね。特にマラフグリはいかにも兄なんです、私に言わせると(笑)。そういう価値観を共有しているから、1つの作品を書いていけるのかもしれません」
担当編集者によれば、正視を躊躇うほど剥き出しな人間を描いてきた著者の真価が存分に発揮されるために、昔話という誰もが知る拠り所が必要だったという。
兄「桃太郎にしても、物語はなぜ終わるのかって、確か弟が言い出したんです。登場人物にとっての世界が閉じた瞬間にお話は生まれ、結び目がなくなると今度は三つ編みが解けるみたいに、物語性は失われるって」
弟「一度は終わった物語をどう続けてどう閉じるか、そこは真剣に考えたよね」
兄「その時は『当たり前すぎるクエスチョンかなあ』とも思ったけど、自分もRPGゲームの終盤でずっとウロウロしているんですよ。敵を倒すと終わっちゃうのがイヤだから。そんな話を延々とできるくらいだし、たぶん今後も2人で書いていきそうな気はしますね」
弟「うん。2人で書くのが兄と僕の当たり前なので」
宝を返さないのも物語が終わることへの抵抗なのか、人や鬼も含めた多くの欲や意地が渦巻く様は滑稽でも悲壮でもあり、どこか遠い御伽噺に見えて全くそうではない近さも、大森兄弟作品の不思議な魅力の1つである。
【プロフィール】
大森兄弟(おおもりきょうだい)/兄(左)は1975年、弟(右)は1976年、共に愛知県一宮市生まれ。「その後に東京の大森に移り、だから大森兄弟。捻りがなくてすみません」。兄は看護師、弟は会社員の傍ら、2009年に『犬はいつも足元にいて』で第46回文藝賞を受賞。翌年の芥川賞候補に。著書は他に『まことの人々』『わたしは妊婦』『ウナノハテノガタ』。今も兄は横浜、弟は川崎に住み、「中間あたりのルノアールとかで週1回は会います」。兄・165cm、62kg、A型。弟・170cm、72kg、B型。
構成/橋本紀子
※週刊ポスト2024年8月9日号