夏の甲子園が8月7日に開幕する。高校野球で名勝負はかずあれど、印象に残るのはやはり、優勝候補と目された強豪校がまさかの敗北を喫した番狂わせの名勝負だ。とくに、「無印」の高校生たちが強豪を破り勝ち進む姿は、高校野球ファンが夢中になる。1994年、県立佐賀商業高校が、佐賀県勢初の全国制覇を遂げた。当時同校の監督だった田中公士氏に話を聞いた。
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106回を数える夏の甲子園において、深紅の優勝旗を手にした公立校は2007年の佐賀北(佐賀)が最後だ。「無印」の学校が“がばい旋風”に乗り、決勝では野村祐輔(現広島)を擁する広陵(広島)と対戦。4点をリードされた8回裏に押し出し四球で1点を返した後、3番・副島浩史の逆転満塁本塁打が飛び出し、試合をひっくり返した。
だが、快挙の13年前、やはり公立の佐賀商が県勢初の全国制覇を遂げているのだ。監督だった田中公士氏が語る。
「熊本や鹿児島、沖縄など野球の盛んな九州でも、佐賀は後塵を拝していた。九州大会などの抽選会で、佐賀勢との対戦が決まると喜ばれたものです」
あの年も目標は一勝だった。初戦の浜松工(静岡)に勝利し、その後も劣勢ムードの試合を逆転で勝ち上がると、佐賀商の練習場に足を運ぶファンが目に見えて増えていく。
「佐賀の学校が甲子園の準決勝に進出したのも34年ぶり。甲子園という場所が生徒を成長させるだけでなく、自信をつけさせてくれましたね」
1994年の大会は九州勢がベスト8に5校残り、決勝の相手だった樟南(鹿児島)も福岡真一郎、田村恵のバッテリーで優勝候補に挙げられていた。
2回裏に3点を先制されるも、同点に追いついた佐賀商は9回表に主将の西原正勝に勝ち越しとなる満塁本塁打が飛び出し、勝負は決した。田中氏は言った。
「県勢初の全国制覇が佐賀北だと思われている方が実に多い。それが少し、寂しいんです(笑)」
葉隠れ野球と呼ばれた佐賀商と、がばい旋風の佐賀北はともに満塁弾で全国制覇を遂げた。歴史は繰り返されるのだ。
取材・文/柳川悠二
※週刊ポスト2024年8月9日号