そして本作をコロナ下に始めた筋トレを機に着想。中でもSNS上に飛びかう裏情報には衝撃を受けたと。
「筋トレ関連の動画でも必ず出てくるのが薬物の話なんです。彼は使っていないと見せかけて使っているとか、一番健康そうな人が一番不健康なことをしているだとか。その捻れや矛盾はミステリーの格好の題材になりそうだと思いました」
作中でも主人公が六本木ヒルズにある大峰のジムに通う一方、疑惑を指摘したプロボディビルダー〈ハルク高橋〉の元を訪ねると、3か月であの筋肉を作れる魔法はなく、大峰はステロイドの〈ユーザー〉としか考えられないと証言。中には薬物使用を禁じつつ尿検査をしない大会もあるなど、〈事実上の黙認状態〉にある現状を高橋は嘆き、最も問題なのは大峰が〈ナチュラル〉を自称した上でジムを始めたことだと言った。〈現代社会は嘘をついて商売をする者に厳しい〉と。
健太郎もその線で取材を進めるが、大峰の個人レッスンの受講条件がベンチプレス80kgだったり、疑惑に決着をつけるためにも〈大峰の尿を手に入れて持ってくるんだ〉とデスクから厳命されたり、次々にふりかかる難題を必死でこなす様は、笑ってはいけないと思うほどつい笑えてくる。
「せっかく潜入させるなら、初心者を一から鍛える方が面白いし、尿の話は選考会でも最もウケていたらしいんですけど(笑)、ジムの便器に何か仕掛けるとして、便器も今はいろんな機能があるからなあとか、自分だったらどうするかを、同じ目線で考えていった。つまり別に笑わせようとしたわけじゃないんです。彼自身は至って大真面目で、その愚直さが時におかしみを生む感じが書けていれば嬉しいし、それって筋トレにも向いていると思うんです。決まったことをコツコツ、坦々とやれる人間の方が」