“禅問答”のようなアイデア打ち合わせ
連載『百辞百物百景』の撮影を担当した元小学館写真室のカメラマン・太田真三が初めて松岡氏に出会ったのは、東日本大震災直後のことだった。
「連載の方向性を詰めるために訪れた青山の事務所は、何万冊という本に囲まれていて圧倒されました。打ち合わせでは震災も話題にのぼり、『日本を新たに見直そう』というコンセプトが決まりました」(太田、以下同)
第一印象で強く残ったのは鋭い眼光。それでいて、丁寧な話しぶりに思わず惹き込まれたという。
「撮影した写真を見せた時に、松岡さんがポロッとこぼす『これ、いいんじゃないですか』というのは最大の褒め言葉。とても優しい言い方なんです。普段笑わない方ですが、時折見せるニヤッという笑顔が魅力的でした」
松岡氏は言葉の意味や最近話題になっていることをホワイトボードに書き込み、おおまかなアイデアを出していたという。
「まるで禅問答のようで、難解。ほとんど理解できませんでした(笑)」
言葉が決まり太田が撮影する、という進め方で、撮影する被写体について松岡氏から直接的なオーダーはほとんどなく、打ち合わせから得たインスピレーションを頼りに自由に撮影させてもらった、と振り返る。
「日本を新たに見直す」ことを主眼に続けた連載は100回を数えた。最後のテーマは「面影」。「われわれは日本の大切な面影がどのようなものであったかを、いささか忘れてしまっている」──“知の巨人”が現代に問う課題は重く響く。
【プロフィール】
松岡正剛(まつおか・せいごう)/編集工学研究所所長・イシス編集学校校長。ブックアーカイブ「松岡正剛の千夜千冊」は1500夜を突破。世田谷区赤堤通り・ISIS館では「蘭座」「輪読座」「参座」「そ乃香」「門前指南」など、公開イベントを精力的に実施。
写真/太田真三 取材・文/小野雅彦
※週刊ポスト2024年9月13日号