見目麗しい男女はもちろん、年配の男女や悪人までリアルに描き「どんなキャラクターでも、絵にするときには愛情が必要」と語る、漫画家・安野モヨコ。彼女が描く、美しくて強く、時にもろくも恐ろしくもある女たちの物語が熱視線を集めている──。
《「甘やかしてくれる」女と浮気した男は 更に甘やかせば戻ってくる》
《人間年とったくらいじゃそう簡単に変わんないよね ホントは男のことなんて実際どうでもいいと思ってる》
著名人の格言ではない。漫画家・安野モヨコが現在連載するマンガ『後ハッピーマニア』の作中に出てくるセリフだ。『リバーズ・エッジ』や『ヘルタースケルター』など、1980年代から1990年代にかけて衝撃的な作品を世に送り出し一世を風靡した漫画家・岡崎京子のアシスタントを務めた安野は、1995年に『ハッピー・マニア』(全11巻)で名を広く知られるようになる。衣食住よりも仕事よりも友情よりも恋に生き、愛を追い求める主人公・カヨコの“むき出しの欲望”は多くの女性の心を掴み、累計発行部数330万部を突破した。
そんな安野モヨコの名作、『脂肪と言う名の服を着て』(1997年)、『カメレオン・アーミー』(1999年)、単行本未収録の『プレイボーイ団地』『観覧車』を加えた4編を掲載した『安野モヨコ選集』が8月29日に刊行され、話題を集めている。
30年も前の作品であるにもかかわらず、いまなお初めて作品を読む10代、20代の心に刺さるばかりか、例えば冒頭の『後ハッピーマニア』は、恋や愛から“現役引退”し、熟年離婚すら視野に入れている50代、60代をも夢中にさせている。安野ワールドの魅力について、熱烈な安野ファンだという書評家の三宅香帆さんが言う。
「『後ハッピーマニア』を読んで、いま私には人生何回目かの安野モヨコブームが到来しています。いま、『どのマンガがおもしろい?』『どの漫画家さんがいい?』と聞かれたら、やっぱり安野さんじゃないかと真剣に思う。
『ハッピー・マニア』のカヨコにしても、45才になって刻まれた、リアルなしわや乾いた肌に生き様が見えてきます。キャラクターの解像度が高く、ファッションや歩き方、一挙手一投足まで人生の軌跡が読み取れるんです。それは安野さんが、キャラクターが使う化粧品や、着ている洋服のブランド、それをどこで買っているかまでイメージして描いているからだと感じます」
大きな瞳にすらりと長い手足と曲線美。一目で「安野作品」とわかる特徴的で華やかな作画も大きな魅力。三宅さんが続ける。
「1998〜2003年にかけて美容雑誌で連載されていた『美人画報』も、いまでも何度も読み返しますがいつ読んでも夢中になってしまう。ダイエットやファッション、メイクについて描かれていたものなので情報そのものは昔のものなのですが、廃れないんです。
それは、『美人画報』が単にブームやトレンドを取りあげているからではなくて、安野さんの持つ美意識が詰まっているから。キャラクターの解像度が高いことと通じるかもしれませんが、安野作品は表面的ではないリアルなキャラクターの生き様が描かれているんです」
だからこそ、冒頭にあるように時代を超えてなお、描写やセリフが決して古くさくならない。それも安野作品に私たちが心惹かれてやまない大きな理由だといえるだろう。自身を「安野先生の作品で人生が変わった」と語るほどの安野ファンで、東北芸術工科大学准教授のトミヤマユキコさんが語る。
「安野先生の漫画は『ハッピー・マニア』のようなラブコメから、『働きマン』のようなお仕事ものまで幅広いジャンルがある。その中で共通しているのは、“女の生き様”と、それを支える『欲望』がしっかりと描かれていることです」