自分を蝕む存在を断ち切り、人生からシャットアウトしたい……そう望んだ人が「縁切り神社」にすがることもあるだろう。とりわけSNSで手軽に他者とつながるようになったいまの時代、「人との縁」は気の合う相手との楽しいひとときを提供してくれる半面、思いがけないトラブルを生む原因にもなりうる。現実の世界で「悪縁を断ち切りたい」と望む人の胸中に迫っていく。
ルーツは「女性の救済」
人生の袋小路に入り込み、その原因を断ち切りたいと強く望んだ人の前に、黒い鳥居を持つ不思議な神社が目の前に現れ、黒い袴を身にまとったミステリアスな巫女・エマが黒い絵馬を差し出しながら「あなたの悪縁は何ですか?」とささやきかける──本誌・女性セブンで次号からスタートする連載漫画『縁切りエマ』は、強靭な縁切り効果を持つ「絶縁神社」を舞台に、そこに訪れる人の葛藤と欲望を描く大人のダークファンタジーだ。
セールスマン・喪黒福造が不思議な力で依頼人の“ちょっとした願望”をかなえてくれるが、約束を破った場合に大きな代償を負う『笑ゥせぇるすまん』。ウェブサイト「地獄通信」に怨みを書き込むと、地獄少女が現れて相手を地獄に流してくれるが、報いとして自分もまた地獄に落ちる『地獄少女』──人知を超えた力を借りて欲望を満たそうとする人間の生き様を描いた作品は、いつの時代も読者の心を惹きつけて放さない。『縁切りエマ』は、そうした系譜につらなる作品だ。
エマが黒い鳥居の前で参拝者を招き入れる「絶縁神社」のように、現実世界でも縁切り効果をうたう神社は全国に存在する。大量のお札が貼られた「縁切り縁結び碑」で有名な京都の安井金比羅宮や「日本三大縁切稲荷」の1つとされる栃木の門田稲荷神社はその代表格だと言えるだろう。いずれも日夜多くの参拝者が訪れるが、『縁切りエマ』の原作者であるとらふぐさんは、「縁切り神社」に救いを求める人たちについてこう分析する。
「縁切り神社は憎しみや煩悩、苦しみを断ち切る場として昔から存在してきました。悪縁との縁切りを願い、心の安寧を得るという行為は、現代人にとっても一種の癒しになっているのかもしれません」
そうした“縁切り”のルーツは「女性の救済」にあると指摘するのは、浄土宗僧侶でジャーナリストの鵜飼秀徳さんだ。
「はじまりは鎌倉・室町時代の“縁切り寺”だといわれています。当時、女性の権利は強く制限され、女人禁制の寺も多く存在しました。当時の寺は庶民にとって生活が立ちゆかなくなった際のセーフティーネットでもあったため、そこに入れないということは、神や仏に救いを求められないうえ、いざと言うときに頼れる先を持てないということも意味します。代わりとして女性専用の尼寺が、自分から離縁する権利のない女性の“縁切り寺”としての役割を果たし、女性の物理的・精神的な救済を担ってきました」
実際に、現在も縁切り寺として有名な鎌倉の東慶寺や群馬の満徳寺は、江戸時代には幕府公認の縁切り寺として機能してきた経緯がある。
「しかし明治元年の神仏分離によって、神社と寺院を明確に分けることになり、かつて縁切りの機能を担っていた寺院が神社となりました」(鵜飼さん)
時を超え女性の地位が向上した現代においても、多くの人が縁切り神社や寺に足を運ぶ。鵜飼さんは絵馬に書くほど強い気持ちで絶縁を願う人は、いまも女性の方が多いと話す。
「コンプライアンスが重視され、露骨なハラスメントが減った半面、陰湿ないじめが増えているように思います。最近では、上司からのノルマの押し付けや気が合わないといった理由で、会社と縁を切りたい人が多い印象です」
御神木に鎌を打ち込み、悪縁や厄災、病気など悪運を断つ寺として名高い大阪市・鎌八幡の前住職、喜多妙光さんも「会社の人間関係に悩みを抱えて訪れる人は多い」と声を揃える。
「ほかにもいじめやストーカーなどの嫌がらせから逃れたいというかたも少なくない。ご自分の病気や不運といった広い意味での“悪縁”を断ち切りたいという願いもありますが、人間関係における悪縁をなんとかしたいという願いがやはり多いです」