来る総選挙は、自民党総裁の石破茂首相と野党第一党・立憲民主党の野田佳彦代表がともに「保守」を自任する政治家としてぶつかり合う。だがこの2人、果たして“本物の保守”なのか。社会学者の橋爪大三郎氏が分析する。
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そもそも戦後の日本にまともな保守は存在してこなかった。
戦後日本の改革、GHQ主導の財閥解体や農地解放などは、アメリカのニューディーラーと呼ばれる進歩派が、占領下の日本で理想の社会改造を進めるためにやったこと。理性主義である。
ところが、彼らが壊そうとした戦前の日本も、軍国主義によって大東亜共栄圏という自分たちの思い通りの世界秩序をつくろうと考えていて、こちらのエリートたちも理性主義、進歩派の思想なのだ。
戦後の出発点において、保守はいなかった。
その後、戦後改革は生ぬるいから社会主義、共産主義の革命が必要だという勢力が出てくると、それに対抗して、「せっかく自由主義、民主主義、資本主義の国になったのに、共産主義になったら元も子もない」と考えた勢力が保守合同で自民党をつくった。アメリカの進歩派が日本にもたらした資本主義経済を守りましょう、という立場だ。
そしてさらに年月が経つと、戦前の帝国憲法下の秩序が古き良き日本のように見えてきて、そこに復古しようという岩盤保守層の考え方が出来上がってきた。
この岩盤保守層は安倍氏を支持していたわけだが、安倍氏は選挙に強いから自民党のリーダーとして選ばれた人。保守だから選ばれたわけではない。選挙の強さを追求した末に、安倍一強支配の自民党長期政権が出来上がったというグロテスクな構造があるのだ。
さらに岩盤保守層は、夫婦別姓問題のように日本の伝統習俗に反するから認めるべきではないと固執するテーマが多い。