鞭を使うのはある意味リズムなんです。勝負所で馬を追う動作のうちの一つというか、流れの中に組み込まれているといってもいい。サッカーでボールを蹴る時にも、ただ足だけを使うのではなく、手を振り上げたりしますよね。そういったルーティーンにならないと体が動かないというのと一緒です。だから叩いているように見えても、鞭を馬に当てていないこともあります。
手綱を長く持つ人がいれば、短く持つ人もいる。馬に対するあたりが柔らかい人もいれば、強くあたる人もいる。その中でその人に合ったステッキワークが出てくるのでしょう。外国人騎手なんかは、また違う持ち方をしています。
もちろん最後の競り合いになって、勝ちたい一心で流れの中で鞭を使わなきゃいけない時はあるけれど、使わなくても速く走らせる方法はあります。たとえば外に出して前に馬がいなくて走りやすそうなコース取りをすることで馬に勢いがつくこともあり、時と場合によっては違うので一概には言えません。気持ちを大事にしたり、スムーズにレースをすることで、ノーステッキでも圧勝することがあります。
鞭が入るとよれたりすることがあるから馬は痛いのでしょう。そんなことで欧米では動物愛護団体が鞭の使い方を問題視していて、世界的に規制が厳しくなってきていることは確かです。
【プロフィール】
蛯名正義(えびな・まさよし)/1987年の騎手デビューから34年間でJRA重賞はGI26勝を含む129勝、通算2541勝。エルコンドルパサーとナカヤマフェスタでフランス凱旋門賞2着など海外でも活躍、2010年にはアパパネで牝馬三冠も達成した。2021年2月で騎手を引退、2022年3月に52歳の新人調教師として再スタートした。この連載をベースにした小学館新書『調教師になったトップ・ジョッキー~2500勝騎手がたどりついた「競馬の真実」』が発売中。
※週刊ポスト2024年11月8・15日号