「PSポジション」のときにメールを書いてはいけない
ケアをする人が元気じゃないとケアできない、という思いが根底にある。
「この本では、結構、技術的なこともいろいろ細かく書いています。技術というと小手先の話ではあるんですけど、たとえば包丁研ぎの職人が研ぎ方に一家言あるみたいに、それぞれの技術にその人らしさが表れるじゃないですか。具体的な技術を、何を考えながらそうしているかを書くことで、結構哲学的な話になっていくんじゃないかと思ったんです」
実際にオンラインで行われた授業の内容がもとになっているが、書籍化にあたって全面的に書き直したそうだ。
「本にするために編集者とやりとりしてわかったんですけど、ぼくってものすごく人にわかってほしい人間なんですよ。考えていることをわかってもらえないのが苦しくて、『これだとわかってもらえないに違いない』みたいな強迫観念が生まれてきて。絶対にわかってもらえるようにしたいという思いが強いから話もくどくなるし長くなるんですよ。とはいえ、あまりくどいと読む気をなくすじゃないですか。そのあたりを考えながら書き直しました」
バランスのいい本でもある。わかりやすくて考えさせる。面白くて具体的にも役に立つ。バランスという言葉は本の中にも出てくる。
「結局、ケアってバランスなんですよね。若いときはバランスって言ってる人は軟弱だ、なんて思ってたんです。ふざけるな、もっとロジカルに話せよ、なんて思ってたんですけど、経験を重ねていくと、やっぱりバランスだな、と。
バランスを取るために何が必要かというと、何と何の間でバランスを取るのか、その2つのものがいったい何かを理解することなんですよ。たとえば『ケア』と『セラピー』だったりね。追い詰められていると、人ってひとつの道しか見えなくなるけど、バランスを探ろうと思う時点で、閉じ込められたところから少し脱出できているんですよ」
本の中にこころには、余裕のあるとき(Dポジション)と追い詰められているとき(PSポジション)があるという説明が出てくる。この言葉を知って自分がいまどちらの状態にあるか考えるだけで、こころを落ちつかせられそうだ。PSポジションのときに怒りにまかせてメールを書かない、送らない、というのはすべての人に知ってほしい情報である。
東畑さんは、この本を読んでほしいと思う読者層というのを考えていますか。
「今回の本はまさに、『女性セブン』の読者ぐらいの層の人のことを一番考えていて。周りにいっぱいケアする人がいる女性ですね。本に出てくる比喩も、女性の読者を思い浮かべながら書いています。子どももいるし、親も手助けが必要になって、職場でも誰かの面倒を見なければいけない、そんな人に手に取ってもらえたらと思っています」
【プロフィール】
東畑開人(とうはた・かいと)/1983年東京都生まれ。臨床心理士・公認心理師。京都大学教育学部卒業、京都大学大学院教育学研究科博士後期課程修了。専門は臨床心理学・精神分析・医療人類学。精神科クリニックでの勤務、十文字学園女子大学で准教授として教鞭を執った後、白金高輪カウンセリングルーム主宰。2019年『居るのはつらいよ──ケアとセラピーについての覚書』で大佛次郎論壇賞、紀伊國屋じんぶん大賞2020を受賞。ほかの著書に『心はどこへ消えた?』『なんでも見つかる夜に、こころだけが見つからない』『聞く技術 聞いてもらう技術』『ふつうの相談』など。
取材・構成/佐久間文子
※女性セブン2024年11月14日号