「鶴ちゃん、うちでちょいとやってくかい?」
じつは、この稽古は私のためではなく、落語家の橘家竹蔵師匠が主役でした。当時二ツ目だった竹蔵師匠が、歌舞伎調を学ぶために鶴八師匠のもとへやってきたのです。寄席にはお供していましたが、ほかの芸人さんや師匠方と話をする機会などまったくなかったので、かなり緊張して臨みました。
無事に稽古が終わって一緒においとますると、駅までの道すがら、竹蔵師匠が「鶴ちゃん、うちで、ちょいとやってくかい?」なんて誘ってくださった。これはね、ドキッとしましたよ。おそば屋さんでの振る舞い方なんかは教わっていましたが、噺家の師匠の家におよばれするなんて、まったく初めての経験ですから。
もちろん竹蔵師匠は慣れたもので、高円寺のお宅に入ったら、チャキチャキした奥さまがいらして、パッパッパッパッとテーブルにご馳走が並んで、お酒も次々。すっかり浮かれ気分になってしまって「ずいぶん酔ってしまいました。すみません」と謝ったら、師匠が言うんだ。「酔うために飲むんだから、構わないよ。酔わなきゃ面白くないだろ」って、こっちに気を使わせないようにね。
奥さまの手料理はどれもおいしくて、中でもびっくりしたのが豚の角煮。沖縄料理のラフテーってあるでしょう。あれよりも脂身は少なくて、だけど身はほろほろ、ほんのり中華風の甘辛。2年前、NHK連続テレビ小説『ちむどんどん』に出ているときなんかは、ラフテーが出てくるたび、心の中で竹蔵師匠の家の角煮を思い出してね。懐かしいなあ。