その気になればどこでも書ける
「取材はしていなくて、一通り調べはしましたけど、基本は全て私の想像です。そもそも私が書いたのはフィクションの婚活業界で、仮に違ってもいいと思った。成瀬シリーズでも現実の大津とは細部が微妙に違っていて、成瀬が住む大津と私の住む大津が同時に存在し、でも実際に会ったりはできないんですね。パラレルワールドみたいに。
今回の舞台の浜松も実は行ったことがなくて。同じ静岡でも富士市出身の私が、規模的にピッタリだと思った浜松をグーグルマップを参考にして書き、ケンちゃんが鏡原と行ったなか卯が実は存在しないとか、ちょっとずつ嘘をついているのも、フィクションの浜松だからなんですね。
地名はその方がイメージが湧きやすいから使っているだけで、この世界のどこかにあり得たかもしれないもう一つの大津や浜松として楽しんでくれたら嬉しい。私は大の旅嫌いなんですが、その気になればどこでも書ける自信はつきました(笑)」
ある時は臨時係員として琵琶湖バスツアーにも同行し、かと思えば自ら向学のために婚活アプリを試して撃沈したり、〈勉強会〉詐欺に遭いそうになったり……。押しは弱いが根は真面目な健人の奮闘は本人が本気だけに笑いを誘い、鏡原との関係も含めてつい応援したくなるが、その先をあえて書きすぎないのも宮島流だ。
「誰かがくっついたり離れたり、いろんなパターンがある中で、1つしか書けないわけですよ、小説には。書くとなるとその分岐から先のことまで決まってしまうし、それこそ実際の婚活を取材してドロドロした話を書くこともできたとは思う。でも未婚とか既婚とか子供がいるいないとか、そんなことを書き出したら対立を煽るだけですし、私にとって本や小説を読むことは発見で、嫌な気分になりたいためじゃない。だから、自分の本ではそうさせない。その点は安心して読んでいただければと思います」
一度は諦めかけた小説を30代で再び書き始め、一躍人気作家に。「でも書くのがつらくなる時も正直あるし、やってよかったこともあるけど、やらない道もあったなって」と笑う彼女が紡ぐ物語の圧倒的な魅力を前に、私達は読者の業と知りつつ、その選択に感謝する他ない。
【プロフィール】
宮島未奈(みやじま・みな)/1983年富士市生まれ。京都大学文学部卒。結婚後、滋賀県大津市に移り住む。2017年に小説の執筆を再開し、2018年「二位の君」で第196回コバルト短編小説新人賞。2021年「ありがとう西武大津店」で第20回女による女のためのR-18文学賞大賞、読者賞、友近賞を受賞し、2023年に同作を含む『成瀬は天下を取りにいく』でデビュー。第39回坪田譲治文学賞や2024年本屋大賞など計16冠に輝き、続編と併せて95万部を突破。年内に第3弾も刊行予定。158cm、A型。
構成/橋本紀子
※週刊ポスト2024年11月22日号