「全然床に入れない」
モテる客と、モテない客。そんな記述が残る一方、遊女に夢中になる男性客の心理も、史料には描写されているという。
「遊女は客と出会ったその日に情を結ぶのではありません。江戸時代中期以降になると3回目で床入りすることが多くなったとされますが、それ以前はまちまちで『5、6回通っても全然床に入れない』と客が嘆く記録もあります。馴染み客に詰め寄られても、『私はこんなに貴方を思っているのに信じてくれないのか』と巧みにいなす遊女もいたようです」
男性客をつなぎとめるために、遊女も様々な「誓約」を駆使したと高木氏は説明する。
「遊女は真に惚れたたったひとりを『間夫』と呼びました。間夫に対しては、自分の想いに嘘偽りがないことを神仏に誓う『起請文』を渡したり、『〇〇命』と客の名前の入った刺青を彫ったりしたようです。自らの血で書く『血文』を誓文とする人もいました。
他方、相手に内緒で何人もの客に起請文を渡したり、新しい間夫ができたら“昔の男”の刺青を焼き消し、新たな刺青を彫り直す強者もいたと記録に残ります。また、好意を自分から伝えるのではなく、あえて他の遊女に『あの子はあなたのことを想っている』と言わせて信憑性を持たせるテクニックも使われたようです」
本気の恋心を抱いた遊女が悲惨な末路をたどることもあった。
「客に惚れてしまった遊女が、人目を忍んで会っていることが知れると、周囲にたしなめられて破局させられたそうです。意中の男性と駆け落ちするも、お尋ね者になって真っ当な仕事に就けず、生活苦から男に逆恨みされた例もあります。遊女が想いを遂げるのは難しかったんです」
400年近い時を経ても男女の心の機微は変わらないのだろう。
※週刊ポスト2024年11月29日号