今から55年前、1969年の年の出来事には前例のないことへの挑戦心、仕事への誇り、そして未来へ向かうパワーが横溢していた。2016年発売の『九十歳。何がめでたい』が大ベストセラーとなった作家の佐藤愛子さんが、『戦いすんで日が暮れて』で第61回直木賞を受賞したのも1969年のことだった。【週刊ポスト創刊55周年記念特別企画】
今年101歳を迎えた作家・佐藤愛子さんは、デビュー以来、過酷な現実をユーモラスに描く作風で人気を博した。1969年には、背負う義務のない夫の借金を抱えた生活を描いた『戦いすんで日が暮れて』で直木賞を受賞。選考委員の海音寺潮五郎氏から、「日本の作家には珍しく、優れた滑稽の才能がうかがわれた」と絶賛された。
「受賞当時、テレビで話題だったからか、母の読む雑誌によく登場していたからなのか、お父さんが作家の佐藤紅緑であること、異母兄が作詞家のサトウハチローであることは小学生だった私も知っていました。人柄もキュートで魅力的です」(書評家・永江朗氏)
痛快で笑いに満ちたエッセイにもファンが多い。今年映画化されたベストセラーのエッセイ集『九十歳。何がめでたい』でも、歳を重ねて自身の身に起こる「故障」を嘆き、時代の「進歩」を怒る硬軟織り交ぜた筆は健在だ。
「世界的なウーマン・リブの潮流が日本に訪れたのは1960年代後半から。佐藤さんの作品をフェミニズムの文脈で捉えたことはありませんが、“怒り”を原動力に行動する凛々しい女性をユーモアとペーソスで包み込んで軽妙に描いたという点で、『戦いすんで日が暮れて』をはじめとする作品は、当時、画期的だったと思います」(前出・永江氏)
“憤怒の作家”“暴れ猪・佐藤節”の異名をとるが、長く生きる中で出会った困難な状況にも美しさやおかしみを見出し、前向きに生きる力に変える筆致は、人生100年時代を生きる令和の読者を励まし続ける。
取材・文/小野雅彦
※週刊ポスト2024年12月6・13日号