さらに厄介なのは、これが中国の内政問題だということである。中国がいま進めている「世界の迷惑」とも言うべき軍事的進出については、たとえばクアッド(QUAD=日米豪印首脳会議)などの枠組みを利用して牽制することもできるし、「中国よ、侵略的行動はやめるべきだ」と抗議することもできる。しかし、中国が自国の領土内に原発をどこにどれぐらい建設するのかというのは純然たる中国の内政問題であって、他国が口出しする権利は無い。主権国家への内政干渉は許されない、というのが人類社会の常識である。「中国よ、あなたの国の科学技術は信頼性に欠ける。だから原発を建設するのはやめてくれ」などとは口が裂けても言えない、ということだ。
ここであらためて、原発反対を声高に叫んでいる政党や政治家の主張を思い出していただきたい。もうおわかりだろうが、彼らは「日本しか見ていない」のである。視野が狭いということだ。こういうことは昔もあった。たとえば、江戸幕府の開祖である徳川家康は戦争体験者である。家康の生涯というのは戦争の惨禍に苦しめられた一生でもあり、だからこそ家康は二度とその悲劇を繰り返すまいと一国一城令などの軍縮を実行し、武器の改良も禁止した。
「人殺しの道具である武器を効率的にする必要は無い」ということで、これだけ聞けばいまでもほとんどの日本人は賛成するだろう。しかし、残念ながら日本の歴史上の人物でもっとも優秀な「賢者」の一人である家康ですら、「日本しか見ていなかった」。日本がその方針を守り続けた「徳川三百年」の間、日本以外の国ではあたり前のように戦争が起こり、武器が急速に発達した。蒸気機関という強力なエンジンも発明された。日本は火縄銃のままである、だから危うく国を滅ぼされそうになった。林子平の忠告が受け入れられなかったのもそのためだ。
では、「東京から中国・上海まで境無しの空域」であるという危機的状況に対して、どのような対策があるだろうか? その答えも、じつは歴史のなかにある。 〈以下次号〉
(第1441回に続く)
【プロフィール】
井沢元彦(いざわ・もとひこ)/作家。1954年愛知県生まれ。早稲田大学法学部卒。TBS報道局記者時代の1980年に、『猿丸幻視行』で第26回江戸川乱歩賞を受賞、歴史推理小説に独自の世界を拓く。本連載をまとめた『逆説の日本史』シリーズのほか、『天皇になろうとした将軍』『「言霊の国」解体新書』など著書多数。現在は執筆活動以外にも活躍の場を広げ、YouTubeチャンネル「井沢元彦の逆説チャンネル」にて動画コンテンツも無料配信中。
※週刊ポスト2025年1月3・10日号