木村:藤井さんと対局した棋士は「2度負かされる」と言いますよね。将棋で負けたうえ、対局後の感想戦でも焦点の局面で自分をはるかに上回る読み筋を藤井さんに指摘されて、絶望させられると(笑)。戦えば戦うほど、相手の棋士は精神的圧迫を受けることになる。
葉真中:推理作家協会の仲間とタイトル戦をZoomで観戦する「ウォッチ・パーティー」をときどき開くのですが、そこで昨年「藤井イップス」という新語が登場しました。藤井さんに負けた棋士が、なぜかその後に調子を落としてしまう現象を言い表わしたものです。
木村:実際に、そうした苦悩を一部のトップ棋士も告白しています。
葉真中:僕は、本音で将棋を語る渡辺明九段のブログやインタビュー記事が大好きなんですけれども、「藤井さんと感想戦をすると凹む」という趣旨のことを正直に告白されていた。
木村:勝又清和七段が書かれていることですが、藤井さんがある対局の感想戦で相手の読み筋を聞いて驚いたことが一度だけあったそうなんです。その相手が伊藤さんで、つまり藤井さんを上回る読みをそこで披露したわけですね。こういうことがあったとなると、藤井さんのなかで伊藤さんの信用が上がるでしょうし、実際の対局でも見えない部分で重圧を受けることがあるかもしれません。
(後編へ続く)
【プロフィール】
葉真中顕(はまなか・あき)/小説家。1976年、東京都生まれ。東京学芸大学教育学部除籍。2013年『ロスト・ケア』で第16回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞し、作家デビュー。『絶叫』(光文社)『政治的に正しい警察小説』(小学館)など著書多数。最新著書は『鼓動』(光文社)。
木村草太(きむら・そうた)/法学者。1980年、神奈川県生まれ。東京大学法学部卒業。現在は東京都立大学大学院法学政治学研究科法学政治学専攻・法学部教授を務める。専攻は憲法学。法曹界きっての愛棋家として知られる。最新著書は『将棋で学ぶ法的思考』(扶桑社)。
※週刊ポスト2025年1月17・24日号