「今作は『直木賞が欲しくて欲しくてたまらないモンスター作家の話です』って、帯1つでどういう小説かがわかる小説なんです。私の作品では珍しく(笑)」
村山由佳氏は連載中から業界関係者を騒然とさせた新作長編『PRIZE』の内容をあえて端的に説明する。
ラノベ作家の登竜門・サザンクロス新人賞出身で、3年後には本屋大賞受賞。以来ヒットを連発する軽井沢在住の人気作家〈天羽カイン〉と、学生時代から彼女の小説に救われてきた南十字書房の若き編集担当〈緒沢千紘〉。さらには芥川・直木両賞の運営母体である文藝春秋社社員で『オール讀物』編集長〈石田三成〉らを視点人物に物語は展開する。
本は売れても文学賞とは無縁のカインは〈無冠の帝王〉とも呼ばれ、特に直木賞は意地でも獲りたい。が、そうした彼女の思いは早々に打ち砕かれ、それでも受賞にこだわる作家の孤独や、編集者達との濃密な関係を、村山氏は時に実話も交えた虚構に綴るのである。
自身は1993年の小説すばる新人賞受賞作『天使の卵 エンジェルス・エッグ』がいきなりベストセラーとなり、2003年には『星々の舟』で直木賞を受賞。以降も話題作を続々発表し、傍目には順調な作家生活に映る。
「確かに私の場合はこれで文句を言ったら罰が当たるくらい人にも恵まれてきたし、性格もこのカインとはほぼ真逆なんですけどね。
それでも彼女が抱える、自分の能力をもっと誰かに認めて欲しいとお墨付きを求める飢えのようなものは私もずっと抱えてきたし、直木賞をいただいたらいただいたで何かの間違いだと思うくらい、自分で自分を認めるのがヘタというか。むしろなぜみんな私の書くものに騙されるんだろう、私はこれまで自分が感銘を受けた作品に擬態したり、一度食べた料理を再現するのが巧いだけなのにという気持ちがどこかにあって、とにかく自信がなかった。
それが伊藤野枝の評伝小説『風よ あらしよ』(2020年)を書いたことで、あ、自分はこんなものも書けるんだという手応えを得られた。ごく最近のことです。しかも私とは無縁だと思っていた吉川賞まで頂戴して。じゃあ次は何に挑もうかと新しいハードルを設定して、それを越えてはホッとする。今でもその繰り返しです」
その挑むべき対象として承認欲求という主題がまず浮かび、小説家と直木賞という設定が浮かんだという。
「それこそ現実世界の『オール讀物』編集長と打ち合わせをした時に、官能に関してはもう相当頑張って書いたし、私がそれより人に知られて恥ずかしいのは作家として確かなものを求める承認欲求だって話になったんです。だとすればその俗な部分を、『ダブル・ファンタジー』で自分を丸裸にしたように書いてみたらどうかって。特に今回は連載先が文春さんでしたからね。直木賞は直木賞のままリアルに書けるし、カインは村山由佳のホンネだと思っていただければ」
冒頭のサイン会の場面からして震撼物である。南十字書房はサザンクロス新人賞出身者の実家ともいえるが、カインは役員らを打ち上げの席に呼びつけた上で初版部数の少なさを詰り、改善すべき点を次々に列挙していった。〈私、何か間違ったこと言ってます?〉と。
「誰しもどこかしら地雷はありますからね(笑)」
そんな彼女も夫との冷めきった関係や、賞レースに晒され続けるストレスなど数々の問題を抱えており、それでも書かずにいられない作家の業や編集者の業、さらに直木賞のノミネートから選考に至る実際など、文学賞を巡る内側の景色が多視点で描かれる点も必見。そして〈私がさ、何のためにわざわざ文春で書いてると思ってる?〉と石田に協力を迫るカインと、彼女の自宅に泊まり込み、秘書同然に立ち働く自分に〈執着に近い匂い〉を嗅ぎとる千紘の距離が近づけば近づくほど、事態は不穏な様相を帯びていくのである。