3月10日撮影。手前から警視庁得剛館、陸軍経理部の焼け跡、国会議事堂

3月10日撮影。手前から警視庁得剛館、陸軍経理部の焼け跡、国会議事堂 (撮影/石川光陽)

心の中で手を合わせ、謝りながら撮影した

 午前2時半すぎに空襲が終了。光陽氏は歩いて正午前に警視庁に戻り、午後2時頃、幹部が被害状況を視察するのに随行した。ライカDIIIのシャッターを切ったのはこの時だ。10日に撮った写真は全33枚で、内25枚が後に残った。

「焼死体を写す時、『こんな惨めな姿を撮らないでくれ』と死体が背中で言っている。でも、自分には記録を残す使命がある。だから心の中で手を合わせ、『申し訳ない』と謝りながら撮影した──戦後、父からそういう話を聞きました」(令子さん)

 片時もカメラを手放さなかったばかりか、光陽氏は「無類の記録魔」だったという。そのため写真と文章で大空襲の生々しい光景を記録できた。

 終戦後、GHQがネガを提出するよう警視庁を通して執拗に要求してきたが、光陽氏は拒み続けた。最後は光陽氏がGHQと交渉することになり、その前に自宅の庭にネガを埋めて隠した。

「撃たれることを覚悟して行ったが、予想外にフレンドリーで、コーヒーとケーキをご馳走になり、ネガは渡さず、紙焼きだけを渡すことで合意したそうです」(同前)

 そのおかげで空襲被害の実態が後世に伝わることになったのである。

 戦後、光陽氏は警視庁広報としての仕事の傍ら、人々が逞しく立ち上がる姿も個人的にカメラに収めていた。「三十分以内に大福を十二個食べれば只」と宣伝する名物大福もち屋に群がる人々、職安に並ぶ人々、パチンコ店の様子を興味深げに見つめる子供たち……。
「父自身は空襲と関連付けてそうした写真について語ったことはありませんが、空襲で大きなダメージを受けた人たちが立ち上がっていった姿には感動します」(令子さん)

 そこには空襲カメラマンの優しい眼差しがある。

光陽氏の写真集『東京大空襲の全記録』(1992年刊)を持つ次女・石川令子さん

光陽氏の写真集『東京大空襲の全記録』(1992年刊)を持つ次女・石川令子さん(撮影/中庭愉生)

【プロフィール】
石川光陽(いしかわ・こうよう)/本名・石川武雄、1904年生まれ、1989年没。長野県で写真館を営み、22歳で警視庁に入庁。退職まで36年にわたり撮影担当を務めた。

取材・文/鈴木洋史

※週刊ポスト2025年3月21日号

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