長距離を走る列車にはトイレが整備されている(写真は横須賀線)
海外旅行者が増え、それに伴って日本の「トイレ文化」にも注目が集まっている。公衆トイレが有料の国も多いなか、無料で、かつ常に清潔が保たれている日本のトイレはもはや“観光スポット”だ。
しかし、昔から清潔だったわけではない。特に列車内トイレはかつて「黄害」が社会問題化したこともある。
特急列車や新幹線など、長距離を走る列車にはほとんど設置されているトイレ。今ではにおいや汚れが気になることなどほとんどないが、かつて排泄された汚物はタンクにはためず、長きにわたり線路に巻き散らされていたのだ。1960年代になると、沿線住民や医師などを中心に鉄道のトイレの「たれ流し状態」に批判が巻き起こった。
今では考えられない話だが、当時は鉄道のトイレ問題は社会問題のひとつだったのだ。いかに深刻なものであったか――。鉄道運行を担う立場にある国鉄職員たちが発行した“ある一冊の小冊子”から、その一端をうかがい知ることができる。
鉄道関係の取材・執筆を手がけるライターの鼠入昌史氏が、鉄道のトイレ物語を綴った『トイレと鉄道 ウンコと戦ったもうひとつの150年史』(交通新聞社)より、国鉄職員も苦悩した鉄道の“たれ流しの歴史”をお届けする。(同書より一部抜粋して再構成)【全4回の第1回】
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「糞尿による汚染は、全国民が一億総加害者、総被害者であると言っても差しつかえないほどです」──。
1968(昭和43)年6月に発行された、『国鉄糞尿譚』の一節である。
『国鉄糞尿譚』は、国鉄労働組合全国施設協議会本部が発行、国労中央執行委員で全国施設協議会議長の秋元貞二が編集した、非売品の小冊子だ。メディア関係者を中心に配布され、たれ流しの列車トイレが沿線ばかりか保線作業を担う職員たちを文字通り“直撃している”ことを指摘し、早急な対策を訴えた。
その中では、国鉄職員、保線労働者たちの苦しみがつぶさに記されている。
たとえば、作業員が通過する列車を避けて待っていたら、車内からオシッコが飛んできて顔にかかった、などという生々しいエピソード。こうした体験談とともに、改善の必要性を切々と訴える。
鉄道車両にトイレが設置されて以来の伝統になっていた「停車中は使用しないでください」のご案内。これにも「誤りのはじまり」と切り込んでいる。
曰く、駅で停車中に用を足してもらうようにして、各駅にはおまるを抱えた職員を待機させ、糞尿を受け止めればいいじゃないか、という。こうした対策をすることなく走行中に排泄させるということは、大便と小便を跡形もなく飛散させ、人目に付かなくさせる“ごまかし”に過ぎないと喝破する。