駅には欠かせないトイレ
しばしばSNSで議論が交わされる女性用トイレの面積や個室の数問題。駅においても、トイレに並ぶ女性たちの長い列を見かけることは珍しくない。
ところでなぜ駅の女性用トイレは混雑するのか――。歴史を紐解くと、昭和の時代にあった男女不平等な「設置比率」が少なからず影響しているようだ。
鉄道関係の取材・執筆を手がけるライターの鼠入昌史氏が、衛生的で快適な鉄道のトイレはいかにして作れたのか、その物語を綴った『トイレと鉄道 ウンコと戦ったもうひとつの150年史』(交通新聞社)より、男女のトイレ数問題をお届けする。(同書より一部抜粋して再構成)【全4回の第4回。第1回を読む】
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1960年、文藝春秋新社(現在の文藝春秋)から発売された『トイレット部長』という本がある。著者の藤島茂は東京帝国大学工学部を卒業後、鉄道省に入省。建築技師として駅舎の設計・改良を担った。同書は、そんな藤島が駅のトイレに関するあれこれをまとめた随筆だ。1960年の大ベストセラーとなり、翌1961(昭和36)年には池部良や淡路恵子の出演で映画化までされている。
同書の中で、藤島は「現実に国鉄はおそらく、最も多くの便所をもっている企業であろう」と書く。藤島の試算によれば、東京駅には職員用を除いて122個の大便器と126個の小便器があり、山間の小寒村の駅でも大便器のひとつやふたつ、全国ではざっと3万個の便所があるという。そして、国鉄建設規定に駅には乗降場、待合所、便所などの設備が必要と書かれていることから、「便所がなければ駅にあらず」とまで言ってのけている。
駅のトイレのことばかり考えていて家族にあきれられたという藤島らしい書きっぷりだが、実際に当時の駅のトイレはなかなか厳しい状況にあったようだ。
しばらく『トイレット部長』を参考にさせてもらうが、当時の駅のトイレは町の公衆便所の役割も兼ねていた。だから、ということもなかろうが、扉が壊れてなくなっていたり、足の踏み場がないくらいに汚れていたり、便器が詰まっているから調べてみたら上下一式の背広が出てきたり。とにかく不衛生この上なく、それがお客からのクレームにもつながるから、国鉄にとって(トイレット部長にとって)大きな悩みのタネになっていた。
女子個室・男子個室・男子小便器の比率は3・4・8
列車のトイレのたれ流しは、保線作業員や沿線住民を悩ませることになっても、国鉄にとっての“お客さま”である乗客にとってはさしたる問題ではない。むしろ、列車や駅のトイレの環境が劣悪であることのほうが、苦情に直結するというわけだ。
『トイレット部長』によると、駅のトイレを改善する道のりは相当に険しかったようだ。老若男女誰もが利用するから、汚いとかそういうことだけでなく、最新の設備を思い切って取り入れてみても、それを使いこなせずに場合によっては壊してしまう。
西洋式の腰掛け便所(要は洋式トイレ)を入れてももちろん使い方がわからないから、便座の上に足を置いてしゃがんで用を足す始末。カギをかけずに大便をする人もいたりして、もうしっちゃかめっちゃかだ。列車の中のトイレも、似たり寄ったりだったのだろう。
そんな『トイレット部長』の中に、興味深いことが書かれていた。鉄道の駅のトイレは、古くから女子個室・男子個室・男子小便器の比率を3・4・8にしていたというのだ。つまり、女性用の個室トイレは男性が大便をする個室よりも少なかったことになる。女性が個室で大も小も済ますとすれば、男性用の個室と小便器を合わせた役割。なのに、圧倒的に数が少ない。