ホテルニューグランド発祥メニューとして、愛され続けている「スパゲッティナポリタン」(ホテルニューグランドのインスタグラムより)
ドウタース・オブ・アメリカ委員『アメリカンレシピ』
アメリカに「Daughters of the American Revolution」という愛国女性団体があるが、かつては横浜市中区山下町にもその支部があったようで、1939年に「ドウタース・オブ・アメリカ委員」による編集で『アメリカンレシピ』という本が出版されている。恐らくは横浜の外国人居留地に住む外国人の奥様向けに作られた家庭料理のレシピ集なのだろう。
その名の通りアメリカ料理のレシピが多く記載されているのだが、「ItalianSpaghetti」のレシピがある。和訳もされており、メニュー名は「スページット」。製法についてはこうだ。
《ベーコン六切位を鍋にて焼き、他の器に取り鍋の中へ玉葱一個を切りて入れ一寸いためトマト壷罐(又はキャムベルのトマトソース)を加へ二十分程煮込みます。
別にスページット(マカロニの細きもの)半箱を茹でゝ良く水を切り、上記のトマトと玉葱を加へ、焼いたベーコンを加へ、タバスコにて味を附けて供します。
此の中へ肉を加へ焼皿に入れ、其の上にチーズをすりおろしてかけ、天火に入れチーズを溶かして召上る方もあります。ベーコンの代りにハムも使ひます。タバスコは稀に用ひる物なれば略してもよろし》
これはまさにナポリタンそのものではないだろうか。タバスコを推奨しているところなどはアメリカらしくもある。
京都の老舗喫茶店「イノダコーヒー」などは比較的これに近いレシピなのだろうと思われる。
『荒田西洋料理』はイタリアンとナポリタンの両方記載
ナポリタン発祥とされる横浜のホテルニューグランドなど、数多くの名店を渡り歩いた荒田勇作氏が手がけた超大作『荒田西洋料理』の「仔牛・粉・御飯料理編」では、マカロニの項で「Macaroni Italian(マカロニのイタリヤ風)」と「Macaroni Napolitan(マカロニのナポーリ風)」と、イタリアン・ナポリタンの二つが存在し、スパゲッティの項においても「Spaghetti Italian(スパゲッティのイタリヤ風)」「Spaghetti Napolitan(スパゲッティのトマト和えナポーリ風)」と、イタリアン・ナポリタンの両方が存在しているのだ。
内容を見るとスパゲッティもマカロニもソースの内容は同じである。イタリアン、ナポリタンのどちらもトマトを使用したものであり、明確な違いはイタリアンは残り物の肉を使用、ナポリタンは「旧来のものはトマトの赤味を付けただけ」としているが、「ペパロニかサラミ・ソウセージなどを混ぜ合わせているところもある」としている。
「ところもある」というのが、ナポリタンがフリースタイルな料理であることの表れかも知れない。あらゆるナポリタンが全国にある昨今、どちらのレシピで作っても「スパゲッティナポリタン」と言われればそうかと何の疑いもなく食べるだろう。そのくらいの違いだ。
さらには「Spaghetti Mexican Style(スパゲッティのメキシコ風)」というレシピも存在し、そちらはトマトソースにピーマンを使用しているので、こちらの方がより日本式スパゲッティナポリタンに近いものである。
フランス料理はあくまで◯◯風というのが多く、創作の幅があるために作り手によって変えやすい部分もあるから、こうしてみると非常に混沌としている。