みんな、部を軽く見ているのが、結構新しいと思います
部活ものといっても、平安部の5人は熱血とはほど遠く、それぞれ自由で、それでも部活を通して、なんとなく心の平安が得られているのが面白い。
「みんな、部を軽く見ているのが、結構新しいと思います。私自身は中学、高校ともほぼ帰宅部だったんですけど、創作物でも現実の社会でも、中高の部活って学校生活ですごく大きなウエイトを占めてるように思われがちですよね。平安部はもっとふわっとしたものとして書いているし、それでいいんじゃないかという思いを込めています」
小説の中で盛り上がりを見せる平安蹴鞠選手権は宮島さんの創作で、自身でも書いていてうまくいったと感じた場面だそう。
「大会は私がでっちあげたもので、勝負の行方がどうなるかは決めないまま書き進めたんですけど、やっぱり熱くなるし、書いてて面白かったです。ただ逆に言うと、今までにない部活を書こうとしていたのに、やっぱりスポーツの力を借りないとダメかと、ちょっと悔しさもあるんですけど」
家族関係の悩みや恋愛、「敵役」がほとんど登場しないのも面白く感じた。
「最近、話題の小説を読むと、どうしても重い話、生きづらさの問題とかが出てきますよね。文学がそもそもそういうものかもしれないし、そういう話を書く優れた作家、優れた作品はすでにあるから、私は辛い話が出てこない小説を書こうと決めているんです。ちょっと戦略的なところもあって、そこが物足りないと感じる人も絶対いるけど、でもそれで安心して読めるって言ってくれる人もいっぱいいますから。しばらくは、自分に合ったこちらの方向で行きます」
『成瀬』は滋賀県が舞台で、滋賀に一躍スポットライトが当たったが、今回の作品は、架空の地方都市という設定にしている。
「和歌山県の田辺市とか、愛知県の豊橋市とかのイメージが一応あったんですけど、京都まで3時間ぐらいの距離で、イオンがあってファミレスがあって、みたいな都市圏って結構他にもあると思うんです。どこにでもありそうな地方都市の要素を詰め込んで、架空の『菅原市』ということにしました」
菅原市だけでなく、安以加の名前(平尾安以加)は縮めれば平安になり、光源氏のコスプレをすることになる幸太郎の名字が光吉、平安部の顧問は藤原先生と、平安ゆかりの名前が固有名詞にちりばめられている。
平安時代というと、どうしても古典文学で描かれる宮中を思い浮かべてしまうが、宮中以外の場所にもたくさんの人が暮らしていた。「わたしたちが住む場所にも平安時代はあったのだ」と栞が気づくのは、平安時代について宮島さんが調べていて自分で発見したことだという。
【プロフィール】
宮島未奈(みやじま・みな)/1983年静岡県富士市生まれ。滋賀県大津市在住。京都大学文学部卒業。2021年「ありがとう西武大津店」で「女による女のためのR-18文学賞」大賞などトリプル受賞。同作を含むデビュー作『成瀬は天下を取りにいく』は坪田譲治文学賞、2024年本屋大賞など多数受賞。続編『成瀬は信じた道をいく』とあわせてシリーズ100万部を突破している。ほかに『婚活マエストロ』の著書がある。
取材・構成/佐久間文子 撮影/篠田英美
※女性セブン2025年5月1日号