『マイホーム山谷』を読み、語った

『マイホーム山谷』を読み、“誰も焦点を当てないところ”などに注目し、語った

『マイホーム山谷』に感じた驚き

──それに関連して、監督は人のどういう振る舞いに魅力を感じたり、関心を持たれるんでしょうか。

「日々の日常の中で訪れる、ちょっとだけ外れた行為とか瞬間ですね、一番気になるのは。最近、自分が選考委員を務める小学館ノンフィクション賞で大賞を受賞した『マイホーム山谷』(末並俊司著、小学館)という作品が刊行されたんですが、その中にまさにそういった瞬間がありました。

 山谷で民間ホスピスを運営して一躍時の人になった山本雅基氏の栄光と転落を描いているんですが、その転落のきっかけというのが、山本さんと奥さんに密着したNHK『プロフェッショナル 仕事の流儀』放送翌日に、その奥さんがいなくなったんですよね。いま一番絶頂じゃないの? っていうところで、大変な驚きがありました。それから、彼は山谷で介護を受け、生活保護を受ける立場になってしまう。

 そういう誰も焦点を当てないところに、著者の末並さんは光を当ててくれたので、今回大賞が取れたんだと思うし、そういう瞬間を追体験させてくれるから、やっぱりノンフィクションを読むことをやめられない感じはありますよね」

──放送翌日にいきなり失踪するというところは、ノンフィクションならではですね。

「本当にそうだと思います。物語にする場合は、それに至るまでの伏線を用意したり、組み立てちゃいますもんね。もちろん、ノンフィクションも厳密には、どこかに間違いなく伏線はあるんだと思うんです。ただ創作だと、理由はこれだ、みたいなことになるけど、実際のところやはり人間は複雑で、そんな1つや2つの理由なんかじゃなく、いろんなことが複合的に起こって多分ポンと弾けてしまうわけで。

 この本のすごいところはその後、奥さん本人に会えてるじゃないですか? それで本人の話を聞くんですけど、本人も若干言語化しきれていない。それがやっぱり人間だと思うんです。僕らも映画を撮っているなかで、テーマはあっても、実はそうじゃないところを撮ろうとしてるというか。言葉にもできない、文章にもできない、何か感情みたいなものだったり、時間だったり。そういうものを掬えた作品こそが、それを観る人にとって、感じたことのない感情を覚える瞬間や、出会ったことのない時間であるはずだから、それを何とか抽出できるようにっていうことは考えてやっています。

 でもやっぱり僕はノンフィクション、フィクションにかかわらず、映画化しようと思うものは、しいていえば、そういう瞬間を撮れる可能性がもしかしたらこれはあるんじゃないかな、ってことに帰結するような気がしています」

◆聞き手・文/高橋ユキ(フリーライター)

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