中国国防省が防空識別圏(ADIZ)の設定を2013年11月23日に発表し、すぐに偵察機を飛行させた。日本政府が抗議し米国から非難されても、中国は強気の姿勢を崩さない。なぜそこまでADIZにこだわるのか、ジャーナリストの相馬勝氏が解説する。
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中国がADIZを効果的に運用するには最新鋭のレーダーシステムや複数の航空機に対する同時追跡、識別、監視能力が求められる。「広州、済南での軍事演習や部隊配置、さらに戦闘機やレーダーシステムの開発などを見ると、中国がADIZ設定に周到な準備をしたのは明らか」と北京の西側軍事筋は分析する。
同筋によると、空軍力が整備され始めた2000年代初頭からADIZが必要との意見は高まっていた。党指導部が真剣に検討し始めたのは2012年9月、日本政府が尖閣諸島を国有化してからだ。当時、国家副主席(中央軍事委員会副主席)だった習近平が同じ太子党(高級幹部子弟)で反日のタカ派軍幹部として知られる劉亜洲・中国国防大政治委員に立案を指示した。
劉亜洲はプロジェクトチームを発足させ、習近平が党と軍のトップに就任した同年11月までにADIZ案を完成。それを叩き台に軍総参謀部が検討を重ね、2013年8月には現在のADIZを決定し、習近平も了承。しかし、11月に安全保障問題や治安維持対策の司令塔になる国家安全委員会の創設などを討議する党第18期中央委員会第3回総会(3中総会)が迫っていたため、ADIZの設定はその後に延ばされた。
ただし、それは単に行政手続きの順序の問題ではなく、内政、外交面での重要な目的が隠されている。
一つはADIZが主に日本に向けて設定されたものだけに、対日警告の狙いだ。昨年11月の日中間の交流をみると、大企業トップらでつくる日中経済協会の大型訪中団が19日に汪洋・副首相と会談。さらに21日には日立製作所の川村隆・会長も広東省トップの胡春華・党委書記(党政治局員)と会談するなど、両国の経済関係に薄日を感じさせていた。その矢先のADIZ設定はそこに冷水を浴びせた。
在日の外交関係筋は「中国は、尖閣問題を解決しなければ経済関係の回復もないというサインを送ったのではないか」と指摘する。同筋は「裏を返せば、習近平の権力基盤がまだ固まっていないことを意味する」とも言う。つまり、ADIZは軍の強い要請だけに、習近平は軍の基盤固めを日中関係改善より優先したというのだ。
ADIZ設定により、この空域における空軍の活動範囲は12倍に拡大したとされる。装備の拡充は不可避で、「2014年予算の大幅増加は確実で、軍幹部たちは喜色満面だ」と北京の軍事筋は明かす。