【書評】『蛍の森』石井光太/新潮社/1785円(税込)
【評者】鈴木洋史(ノンフィクションライター)
ミステリー小説の体裁を取っているが、知性ではなく魂に訴え、魂を揺さぶる作品である。全編に、登場人物たちのむせび泣くような哀哭の声が響く。
2012年、四国の山奥の村で神隠し的に老人の連続失踪事件が起こった。物語の発端である。容疑者は物語の語り部である「私」の父親。真実を探るべく「私」が現地へ向かうと、事件の背景として60年前にあったハンセン病患者に対する凄絶な差別の実態が浮かび上がってくる……。
周知のように、かつてハンセン病は癩病(らいびょう7)と呼ばれ、容易に感染すると誤解されて明治以来徹底した隔離政策が採られた。患者を出した家族は村八分にされ、療養所に“連行”された患者は外部との接触を一切断たれた厳しい生活を強いられた。一方、故郷を出て病気の治癒や来世の幸福を願って遍路の旅をする患者も多かった。
映画『砂の器』(野村芳太郎監督)では、少年時代の主人公と患者である父親が山陰地方を放浪するシーンが描かれている。その彼らも行く先々で苛烈な差別を受けた。本書の記述によれば、ハンセン病患者は「カッタイ」、患者の巡礼者は「ヘンド」と呼ばれた。いずれも差別用語である。
四国には道中の密林に「ヘンド」が身を隠すための「カッタイ寺」が数十kmおきに点在していたという。健常者に見つかれば殺されかねないためだ。従来、そうした世界については学術分野でも断片的にしか記述されず、歴史の中に埋もれかかっていたらしい。