端緒は些細なことだった。架の高校では昼時になると〈ほうじ茶入りのやかん〉が支給され、それを当番が運ぶ決まりだが、架は教室で弁当を広げる女子の前で躓き、中身をぶちまけてしまったのだ。以来彼の席は窓際の最後方に追いやられ、巻髪が自慢の〈乃田ノエル〉や彼女にご執心の〈丸岡〉は事あれば架の亡霊浮遊説を吹聴した。そうした一々が彼の中ではノイズとなり、かといって何の行動も起こさないのが架でもあった。
ところが高町は〈席なんてどこでもよかったし〉と言って架の前の席に座り、その日の放課後、こう呟いたのだ。〈まだお礼を言ってもらってない気がする〉
彼女が自分に話していると知った瞬間、架は感動がこみ上げた。意外に辛口な高町と〈本物の大人なんてものがほんとにいると思う?〉と深い話をし、文化祭の準備を手伝ってほしいと言う彼女と図書館にいるだけで、楽しかった。
そんな中、校内では〈連続動物虐待死事件〉が発生。猫や鼠の骨を砕き、前脚や尻尾を〈蝶々結び〉にした犯人像に話が及ぶとなぜか高町の顔は曇った。その時〈「彼女」は何を見ていたのか。「ぼく」には何が見えていなかったのか〉が、本書においては最大の謎なのだ。
特にミステリーを書いたつもりはないと氏は言うが、読者の先入観を逆手に取り、自在に転がす手腕はタダ者ではない。例えば丸岡らが始めた〈火事に巻き込まれたという新しい設定〉だ。