例えば〈馬尾神経症候群〉という障害を持つシロミは、事故か何かで脊髄を損傷したらしく、基本的に〈おしっこ・ウンコタレ流し!〉。父は〈オレも尿モレだから、捨てろとは言えないなあ〉と言ったが、母とは揉めに揉め、最終的には綺麗好きな母が根負けした格好だ。
「このコは私の助けなしでは生きていけないんですよ。代々うちには胃がんや脳腫瘍、エイズや〈伝染性白血病〉のキャリアもいて、重病のコがいると治療費と餌代で年間300万近くかかる。それでも〈生きている限りは手厚く、そして避妊は非情に〉が私の方針で、未避妊猫を網片手に追いかけて職質されたこともあるし、シロミの汚れ物で洗濯機は回し通し。父はその餌代や電気代のために働いてくれたようなものです(笑い)」
本書には美貌と気高さを兼ね備えた女優猫シロミのビロウな騒動記や、吉本家の猫たちの相性相関図など、ハルノ氏の日常がイラストも交えてコミカルに綴られる。漫画家だけに目はもちろんだが、驚くのが鼻や耳の良さだ。〈鼻脳〉、つまり匂いに関する記憶力に元々優れていたという氏は猫と暮らす中で〈耳脳〉も鋭さを増したと言い、特に夜の静けさの中で行われる〈猫の集会〉の描写は出色だ。
「猫と波長を合わせることで第六感まで磨かれるというか、動物的レベルが一段上がる感じはしますね。父も晩年はほとんど目が見えなかったのに声だけで相手がどんな人かわかると言っていたし、フランシス子も父が心ここにあらずだと抗議するくらい鋭かった。
父はよく書きかけの原稿に座った彼女の気が済むまで待つほど同類の意思を尊重していて、そもそも人間が動物を支配できると思うこと自体、おこがましいんですよね。精神性や魂のレベルでは猫の方が断然上位だと、私は思います」