こうした現象は実は初めてではない。歴史家ブローデルによれば、中世から近代の過渡期である〈長い一六世紀〉(1450~1640年)にも物価が上昇し、実質賃金が急減した。金利を見ても現代との共通点は多い。イタリア・ジェノバで11年にわたり国債利回りが2%を割るという歴史的事件があった。これも、1997年に10年物国債利回りが2%を割って以来、超低金利が続く日本と重なる現象だ。
「金利に注目するのは、国債の利回りがほぼ利潤率と等しいからです。利潤が得られなければ資本は自己増殖を続けることができません。つまり、資本主義が死にかけているという兆候です。
〈長い一六世紀〉のイタリアでの利子率低下=利潤率低下の際には、地中海世界の外に空間を広げて利潤をあげることで乗り切りました。かのカール・シュミットが大航海時代を評した〈空間革命〉です。しかし、今回は利潤率を回復させる新たな空間が残されていない。ですから、〈長い一六世紀〉という転換期よりもさらに大きな変化を迎える〈歴史の危機〉と言えるのです」
なぜ低金利が続くのかという純粋な疑問から、利子率がローマ教皇によって公認されたはるか13世紀にまで検証を遡る柔軟な態度は一般的な経済学者とは一線を画す。実は水野氏はここ7年来、富山県利賀村を拠点に活動する演出家・鈴木忠志氏の公演に毎年足を運んでいる。そこで毎回上演される演劇『世界の果てからこんにちは』(初演・1991年)の〈日本はお亡くなりになりました〉といった台詞から刺激を得た結果だと言う。
「私は芸術的素養の全くない人間ですが、鈴木さんの劇を繰り返し観ると、経済だけをやっていたら気づけない視点を与えてもらえる。進歩は善だと思いこむ経済人の常識こそ疑うべきである、というような発想は、ここに通わなければ、得られなかったかもしれません。
驚くべきは『この世界は病院だ』という鈴木さんの洞察です。『リア王』の舞台は精神病棟だし、『世界……』の舞台は老人病棟。それが何度も見るうちに、舞台に立つ人たちの方がマトモで、病んでいるのは近代に正常な疑問を抱く人を変人扱いする観客側じゃないかと、主客が逆転する感覚がありました。自称変人の鈴木さんは変人としか付き合わないらしく、資本主義の終焉を語るエコノミストは確かに十分変人ですけれど(笑い)」