韓国の仁川で開催されているアジア大会が閉幕する。多くの日本選手が活躍したが、女子レスリングの吉田沙保里が大会4連覇した姿はもっとも印象に残る金メダルのひとつだろう。しかし、いつも圧倒的な差で勝ち上がるのに対し、今回は初戦でリードされギリギリの逆転勝利だったことに冷やりとさせられもした。霊長類最強女子と呼ばれ、世界15連覇をとげた吉田が負ける日は来るのだろうか。これまでより可能性は高くなっているといわざるをえない。
吉田沙保里が日本代表として世界で活躍を始めたのは2002年の世界選手権からだ。19歳だった吉田のタックルは、百発百中といってよい得点源だった。しかしキャリアが長くなるにつれ「向こう(対戦相手)も研究してくる」(吉田)ため、最近では得意の間合いをとりづらくなっている。
吉田のタックルの予備動作は小さいが、やはり相手とある程度の距離があるほうがスピードが出やすい。そのため吉田から積極的に組みあう場面は少なかったが、近年ではタックルが一回でも少なくなるようにと相手が密着してくることが増えた。その結果、吉田の側にも変化があらわれている。以前より、試合でケガをすることが増えたのだ。アジア大会前に出場した世界選手権でも、試合中に肩を肉離れしている。
組み技格闘技の選手が、相手と組みあうことでケガをするのは宿命で避けられない。大小さまざまなケガと付き合いながら、練習を続けるのが選手生活だ。だが、ケガはベテランになるほど影響が大きい。若い頃に比べて治療と回復に時間がかかり、後遺症も残りやすいからだ。だが、対戦相手は若くなる一方だ。
初めて女子レスリングが五輪の公式種目となった2004年のアテネ五輪から約十年、常に20歳前後の選手を入れ替わり代表にする中国を除いて、世界を見渡しても女子トップ選手の入れ替わりは少なかった。ところが、一昨年のロンドン五輪を最後に現役引退する選手が相次ぎ、今では出場選手のなかで吉田が最年長になるのが当たり前になっている。
そして、ケガにもつながる話だが、気持ちの切り替えが早く、ケガが少ないと言われていた吉田でも、試合へ向けたコンディショニングに時間がかかるようになった。
アジア大会では、ウズベキスタンでの世界選手権の試合からわずか15日で計量日を迎えた。減量と試合によるダメージから回復するのに十分な時間とは言えない。吉田より一日前にアジア大会で金メダルを獲得した48㎏級の登坂絵莉も、世界選手権から間をおかず2度の減量をしたので「しんどかったぁ」と表彰式後に漏らしている。実際に、登坂も試合中に足もとがふわりとする場面が何度かあった。
21歳の登坂にとって厳しいのに、31歳の吉田に堪えぬはずがない。愚痴をこぼさず、屈託ない笑顔を浮かべる表彰台での姿からは想像しづらいが、かなりの負担になっていたはずだ。しかもアジア大会は世界選手権の53㎏級ではなく55㎏級で変則的に実施された。8月には「(アジア大会は)減量しないですむから、きっと楽」と笑っていた吉田だが、現実には53㎏級でも体重が足りないほどの状況で計量を迎えていた。